第43話 反撃4

 そこへ孫六が戻って来た。

「野郎どもはみんな牢にぶち込んできた。そいつも放り込んで来る。あとはお前の獲物だ」

 そう言って孫六は栄吉に倒された男を引きずって牢に向かった。

 おこうはここへきてやっと自分一人しか残っていないことに気づいた。

「ちょっとお待ちよ。何が欲しいんだい? 金かい?」

「金も欲しいね。昨日の金は返して貰うよ」

 しのぶが横から口を挟むと、おこうはその顔を見てギョッと身を引いた。

「お前は銀一貫で売れた子じゃないか! 枝鳴屋の若旦那はどうしたんだい」

 しのぶはそれを聞いて腹を抱えて笑った。

「たった今あの兄妹を連れてったじゃない。番頭さんと二人で」

「なんだって?」

「そもそも枝鳴屋なんて、柿の木川沿いの町のどこ探したって無いさ」

 おこうは目を見開いたまま、口をパクパクさせるだけで何も言えない。

「あんたの一番の失敗は凍夜の命の恩人の三郎太さんに手を出したことだよ。楽に死ねるなんて思わない方がいいね」

 凍夜が一歩前に出る。

「さあ、おいらの両親と妹の仇を取らせて貰おうか」

 おこうは腰が抜けたのか「ひっ」と息を吸ったあとへなへなと座り込んでしまった。

「お前には苦しんで死んで貰う。両親と妹と、三郎太さんの分もな。さあ、お前の手下どもが待ってる。牢に入るんだ」

 凍夜は楔をおこうに突き付けて牢のある小屋へ追い立てた。

「あたしをどうする気だい」

「何度も言ってるじゃねえか。苦しんで死んで貰うってさ」

 手下どもがまとめて放り込まれている牢におこうを押し込むと、孫六は鍵をかけてしのぶと一緒に外に出た。

「お父を殺したのはどいつだ」

「そ、そこの、凍夜が首を捻ったやつさ」

 凍夜は満足げにその男を眺めた。

「そうか。おっ母を殺したのはお前だな」

「いや、あれは、あんたのおっ母さんが勝手に橋から……」

「なるほどな、お前が落としたのか。胎ん中の妹と一緒にな。そこまでしてでもおいらを潮崎の船戸様のところに売り捌いて、紹介料をがっぽり貰おうって寸法だったんだな。おいらをいくらで売るつもりだったんた?」

「千両」

 それを聞いて凍夜は呆れたように笑った。

「随分吹っ掛けるつもりだったんだな。紹介料はどれだけ取るんだ」

「い、一割さ」

 おこうは恐怖を紛らわせるためなのか、話せば助けて貰えると思っているのか、聞かれたことに素直になんでも答えた。

「へぇ、おいらで百両も稼ぐつもりだったのか。そりゃあ家族も殺すし、三郎太さんも半殺しにするよなぁ」

「だ、だからさ、その金をお前にも分けてやるから」

「両親が死んで一人ぼっちになったはずのおいらが三郎太さんと一緒にいるのを見かけたあんたは、おいらが今どこに住んでいるのかを聞き出そうとして三郎太さんに手を出したんだな」

「ねえ、凍夜。頼むよ。潮崎には行かなくていいからさ。あたしと手を組もう。たくさん儲けさせてやるよ」

「残念だったな。お前はここで手下どもと一緒に死ぬんだ」

 凍夜はおこうに水瓶の中の水をぶっかけた。

「なっ、何するんだい」

「これからここに火をつけるんだよ」

 おこうが「意味が分からない」と首を傾げていると、凍夜は氷のような笑顔を見せた。

「濡れていると火がつきにくいからな。その分たくさん苦しむことができるだろう?」

 おこうは唇まで青ざめ、恐怖のあまりガタガタと震え出した。

「おいらの家族と三郎太さんは、もっと苦しんだんだからな。そして、おいらも」

「お、お前普通の子じゃないね。お前はいったい何者なんだい、凍夜」

「俺の名前はもう凍夜じゃねえ。鬼火。殺し屋だ」

 それだけ言うと、鬼火は手ぬぐいに火をつけて小屋に放った。

「待って! 出しとくれ! ここから出して! 頼むよ!」

「いつか地獄で会おうな」

 凍夜は小屋の戸を閉めた。

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