第24話 峠の団子屋7

 みんなが寝静まった亥の刻の頃、凍夜はこっそり自分の小屋を抜け出した。幸い他の仲間とは部屋が離れていて、出入り口も馬小屋の裏側だ、しかも間に畑がある。静かに出れば誰にも気づかれない。

 昼間しのぶにはああは言ったものの、やはり凍夜としては気ばかり焦って仕方がなかった。自分の小屋の前に手燭を置いて、小屋の壁に向けてひたすら楔を投げた。

 そもそも刺さらない。狙ったところに行くとかそういうこと以前の問題だ。尖った方が向こうを向いてくれないのである。輪っかのついた柄の方がぶち当たったり、横っ腹が当たったり、運よく尖った方が向こうを向いても刺さっちゃくれない。

 しのぶは片手に二本ずつ持って同時に投げても全部刺さっていた。そんなしのぶでも最初はできなかったと言っていた。しのぶも血のにじむような練習をしたに違いない。

 いったい何が悪いんだろうかと考えながら投げていると、タンッと小気味良い音と共に壁に小刀が刺さった。驚いて振り返ると、そこにはお藤が立っていた。

「手首を使いな。腕を使うんじゃない。腕は勢いをつけるためのもので、狙うのは手首の仕事だ。ちょっとそれ持っててごらん」

 呆然と立っていると、お藤が手首を掴んだ。

「いいかい、こうやって肘から前に出してくる感じだよ、ここで手首を回転させる。そう、で、ここまで来たら自然に手を離す。そうするとさほど獲物に回転がかからない。やってみな」

 お藤は凍夜の手首から手を離した。

 凍夜は手首に集中した。お藤の言うとおりに投げる。手首を回転させて自然に手を離す。楔はまっすぐに壁に向かって飛んでいき、先端が刺さってすぐに落ちた。

「やったじゃないか」

 お藤が凍夜の頭を撫でた。凍夜は呆然としたままだった。刺さったのかどうかもよくわからなかった。

「今のは力が足りなかったからちゃんと刺さらなかっただけさ。先端は刺さったんだから、要領は掴んだはずだ。さあ、今日はもうおやすみ。あんたが練習してたんじゃ、みんな眠れやしないよ」

「えっ、音が響いてたのか」

「まさか。気配だよ。動くものの気配。殺し屋ってのは気配に敏感なのさ」

 そう言って手をひらひらと振ると、お藤は畑を挟んで向かい側にある家に入って行ってしまった。

 凍夜は急に恥ずかしくなった。誰も知らないうちにこっそりと訓練しようと思っていたのに、みんな気づいていたのだ。もしかしたらお藤はしのぶに言われて様子を見に来たのかもしれない。

 凍夜は出て来た時と同じようにこっそりと小屋に入って行った。


 翌朝、凍夜は佐平次に薪割りの仕方を教えて欲しいと頼んだ。夜中にお藤に教えて貰ってコツは掴んだものの、力が足りないばかりに先端しか刺さらなかったのだ。こうなったら腕力をつけなければならないと凍夜が考えるのはごく自然な事だった。

 孫六と違って佐平次は陽気で口数が多い。いろいろ世間話もしてくれる。彼は凍夜にとって良い情報源でもあった。

 佐平次に頼んだのは他にも理由がある。孫六では体が熊のように大きいので、小さい凍夜とは根本的に力の使い方が違うだろうと踏んだのだ。その点、佐平次は男の中でもかなり小柄な方である。彼がどんな力の使い方をするのか見ておきたかった。

 佐平次は「おやすい御用だ」と言ってまさかりの握り方から教えてくれた。

「コイツはさ、力で割るんじゃねえんだ。この鉞が上から落ちる力で割るんだ。そこにちょいと勢いをつけてやるだけでいい。無闇に力を入れると怪我をする」

 実際ににやってみてわかった。確かに佐平次の言うとおりである。

 それならば小刀投げのための腕力はつかないのではないか……そう思ったその時、佐平次はクックッと笑った。

「小刀投げにも応用が利くよ」

 やはり佐平次にも昨夜のことがバレていたらしい。驚いて目を白黒させている凍夜に、佐平次はさらに付け足した。

「小刀投げは、狙いは手首だが勢いをつけるのは腕だ」

 お藤と同じことを言う。

「お前だって、ここからできるだけ遠くに両足を揃えて跳んでみろって言われたらそんなに跳べないだろう? だけど助走をつけたらかなり距離は稼げるんじゃないか?」

 凍夜は黙って頷いた。

「腕の長さは助走と同じだ。後ろから前に持って来てさらに肘から先をグンと伸ばす、最後に手首で狙いを定める。結局な、薪割りが鉞の落下の力を使っているように、小刀投げだって腕の長さで助走をつけてるんだ。その勢いを殺さずに獲物に伝えりゃいい。なっ、簡単だろ?」

「佐平次さんが言うと簡単に聞こえる」

 素直に伝えると、佐平次は爆笑した。

「大丈夫。お前は筋が良さそうだ。すぐに体が覚えるさ」

 そんなもんなのかなぁ、と凍夜は首を捻った。

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