第11話 仇7

 数日後、栄吉の家で三郎太と悠が茶を飲んでいると、洗濯物を干し終えた凍夜がやってきた。

「栄吉さんのところの水汲みに来たよ」

「凍夜か、すまねえな。おめえも茶飲むか?」

「うん、ありがとう。おいらは水汲んで来る」

 会ったばかりの頃は黙って首を横に振るだけだったのに、見違えるように元気になった。それが三人には嬉しかった。

 水を汲んで戻ってきた凍夜は、栄吉の様子に興味を持ったようだ。

「何やってるの?」

「灸を据えて貰ってるんでえ」

 栄吉は着物の上半身をはだけてうつ伏せになっている。そこに悠が何かを乗せて火をつけているようだ。

「それ、何?」

 それには悠が答えた。

もぐさだよ。よもぎの葉っぱの裏側に毛が生えてるだろう? あれを使うんだ。こうやって艾を体のツボに置いて、熱の刺激を与えるとあら不思議、たちどころに治っちまうってもんよ」

「ツボって?」

「人の体にはツボって呼ばれる場所がいくつもあってねぇ。そこを刺激することでツボにつながってる場所が良くなるんだ。例えば手の甲の指と指の間を押すと冷えに効くとかね。逆にツボを押すことで動けなくなったりすることもあるんだ。素人が真似すると大変な目に遭う」

 そう言いながらも悠は次々に艾を乗せていく。

「悠さんは玄人なの?」

「まあね」

「どこを押したら動けなくなるの?」

「そんな危ないことは教えられないさ。場所が悪いと死んじまう」

 凍夜はギョッとしたような顔でじっと悠を見つめた。

「死ぬこともあるのか」

「そうさ。だから真似するんじゃないよ」

 しばらくぼんやりとその作業を見つめていた凍夜が、不意に言った。

「悠さんは薬にも詳しいの?」

「まあ、そうだねぇ。といっても、なんでも薬になるし毒にもなる、いい薬も多すぎれば毒だ。毒でも少しなら薬になることだってある」

「おっ母が山には毒のある草が生えてることもあるから気をつけろって言ってた」

「ああ、二輪草と鳥兜とりかぶとが似てるとか、梅蕙草ばいけいそう大葉擬宝珠おおぎばぼうしが似てるとかそういうのだね」

「食べるとどうなる?」

「最悪死ぬよ」

「凍夜はなんでそんなことが気になるんだ?」

 突然栄吉が割り込んだ。顔は笑っているが、目は笑っていない。凍夜はオドオドと視線を逸らした。

「なんとなく。興味があっただけ」

 不自然なくらい尻すぼみになったのを見て悠が笑う。

「今はお恵ちゃんから文字や算術を教わってるから、いろんなことに興味が出て来たんじゃないのかい? いいじゃないさ、知識が豊富で困ることんかありゃしないさ」

「それならいいんだがな」

 栄吉が何か言いたそうにしているのを凍夜は感じ取った。

「お前さん、さっきからツボのことやら毒のことやら、随分熱心に聞いてるもんだからよ。それに最近やたらと体を鍛えてる。何か考えてることがあるんだったら、まずはあっしらに相談するんだ」

 悠は栄吉の言いたいことがわかっているのか、軽く肩を竦めた。三郎太には訳がわからず、三人の顔をきょろきょろと見まわした。

 凍夜は下唇を噛んでいたが、しばらくして顔を上げた。先程とは別人のように、その目には強い意志が宿っていた。

「おいら強くなりたい。賢くなりたい」

「どうした、藪から棒に」

 驚く三郎太を、悠が「兄さん、まあ聞こうじゃないか」とたしなめる。

「おいら、お父とおっ母の仇討ちがしたいんだ。二人を、いや、おっ母の腹の中にいた弟か妹も含めたら三人だ、おいらの家族を殺した奴が許せねえ。おいらがこの手で仇を取りたいんだ」

「はぁ? 仇討ちだぁ? こいつあ見上げたもんだよ屋根屋のふんどし、せっかく平穏な生活を手に入れたってのに、なんだってまたそんな……ふんがっ」

 再び悠が止めようとする前に、今度は栄吉が団子を三郎太の口に突っ込んで凍夜に尋ねた。

「そうは言うがおめえ、本当にお父つぁんとおっ母さんは事故じゃねえのかい」

「そんなんじゃねえ。あれは殺されたんだ」

「誰が仇かわかってんのか? おめえの家族を殺した犯人を知ってんのか」

 凍夜はまっすぐ栄吉を見据えた。

「知ってる。ここに来てから一度だけそいつに会った。おっ母が死んだ椎ノ木川の河原で。おいらはその時決めたんだ、コイツだけは許しちゃならねえって」

 栄吉は鼻からゆっくりと息を吐いた。何かを考えこんでいるらしい。

 だがそれを待たずに悠が言った。

「凍夜の知ってること、ここでみんな話しちまいな。なあに、仇討ちの邪魔をしようってんじゃないさ。吐き出しちまえばお前さんも楽になる」

 凍夜はしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。

「元はと言えば、口入屋くちいれやなんだ」

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