第五章 柏原の異変

第25話 柏原の異変1

 紫陽花が落ちつき蛍袋ほたるぶくろ狐剃刀きつねのかみそりが咲き始めるころ、ちょうど凍夜が茂助の手伝いで団子屋に出ている時に客が来た。

 どうやら常連客というよりは茂助の知り合いのようである。ひょろりと長い馬面の冴えない男だ。茂助は凍夜を呼び寄せて、「仕事を持って来てくれる伝次でんじだ」と紹介した。伝次はしげしげと凍夜を眺め「あれまあ、随分と綺麗な子だねぇ」と感嘆の声を上げた。

「まさかこの子が茂助さんの稼業を?」

「ああ、コイツが自分から弟子入りさせてくれって来たんでな」

「へぇ! これだけの美形なら、もうちょっとすりゃ女をたぶらかしていくらでも儲けられるのにねぇ。あっしは不細工だからしようがないけど、美形だったら絶対にそうしてたけどねえ」

「ロクでもねえこと吹き込むんじゃねえよ。おめえが女日照りなのは見てくれの問題だけじゃねえだろう」

「そりゃ酷でぇ。けどねぇお前さん、鬼火だっけ? 気をつけた方がいいよ。今、巷じゃ綺麗な男の子が次々と蒸発してるらしいんだ。おまえさんはあっしが見た中でも桁違いの美形だ。とにかく気をつけな」

 一通り言いたいことを言った伝次は、やっと仕事の話に入った。今回の標的は柏原の生薬屋きぐすりや松清堂しょうせいどうだ。伝次の話によると、依頼人は松清堂の主人とお内儀を確実に仕留めて欲しいらしい。出来る事ならおたなに火をつけて燃やしちまってもらいたいということだ。

 凍夜は茂助がなんと返事をするのか、じっと黙って見守っていた。

「子どもはいるのか」

「二人いるらしい」

「どうするんでい?」

「さぁ? 殺すには忍びないが、お店も燃やされて両親も殺されたんじゃ、ますます気の毒な気もするねぇ。大店の子供だからそれなりに裕福な暮らしをしているだろうしな」

「まあ、こっちはやれと言われりゃなんでもやるよ。仕事なんでな」

 茂助は茶をすすると渋い顔をした。

「依頼人は身内だな。女中か何か」

「さすが茂助さんだ。なんでわかった?」

「そりゃあ、おめえ。旦那とお内儀二人とも殺れってんだろ、しかもお店を燃やせと。こりゃあ店の内紛だ。使用人同士の諍いじゃあなくて、旦那とお内儀が一括りで使用人と対立する何かがあったな。しかも辞めちまえばいいのにそれだけじゃ腹の虫が収まらねえような何か。外部の人間なら旦那だけ殺せというだろう」

 人はどんな時に殺し屋に頼むのか。それは凍夜自身がよく知っていた。自分の大切なものを奪っておいて、のうのうと楽しく生きているのが許せない。だけど自分では復讐できない。そんなときに殺し屋に頼むのだ。

 許せない。あの口入屋のおこうがどうしても許せない。だが凍夜には金がない。殺し屋を雇うことはできない。それ以前に、この手で仇討ちがしたい。

 同じように松清堂の主人とお内儀は依頼人の大切なものを奪ったのだ。そして彼らはのうのうと生きている。それが許せないのだ。

 依頼人はいったい何を奪われたのだろう?

「住み込みの女中が一人いる。派手に太った女でな、見りゃすぐわかるらしい。その女に見つかると厄介だ」

 伝次は冷めた茶をズゾゾゾとすすった。

「その女は殺すのか? 助けるのか?」

「どうでもいいらしいな」

「じゃあ殺さねえ。無駄な殺生は良くねえ」

「殺し屋が言うか」

 伝次は笑ったが、茂助は笑わなかった。殺し屋だからこその言葉だったのだろう。

「わかった。松清堂の主人とお内儀が標的、お店は灰に、他はどうでもいいんだな」

「そういうこった。じゃ、後は頼んだよ」

 伝次は前回の仕事の報酬を茶の盆に乗せると、さっさと立って出て行った。

 茂助は佐平次を呼びつけると「おめえに仕事が入ったぞ」と言って、今の話を佐平次に伝え始めた。凍夜は茂助がどうやって担当を決めているのか不思議に思いながらもその場を離れた。

 松清堂さんの二人の子供はどうなるのだろう。死んでしまうのだろうか。それとも自分と同じように復讐を誓うのだろうか。凍夜はその子たちのことを思うと、気が重くなった。

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