第8話

「あぁ…………退屈だ。退屈で死にそうだ」


 そんな俺の声が聞こえているだろうお嬢様は、何も聞こえてませんよという感じで他の令嬢達と昼食を取っている。

 楽しい聖地巡礼も、終えてしまえば退屈で暇で孤独な毎日が待っているだけだった。

 お嬢様の行くところに憑いて行くだけ。

 お嬢様の近くに居るだけ。

 貴族のお嬢様達とは言え、その会話は婚約者の事であったり、噂話だったりと、普通に女の子をしているようだ。……ただ、表情は常に笑顔で何を考えているか分からない人形のような怖さもあったが。

 俺としては、ガールズトークに聞き耳を立てているようで、気恥ずかしさと申し訳なさもあったが、日に日に慣れていく自分を感じていた。

 ……というか、どうせ認識されていないんだし、もうどうでも良いかとさえ開き直ったという方が正しいのだが……。


「さすがにさっきのは止めてもらえる?」


 お花を摘みに……と言ったお嬢様は人気のない所へ行ったかと思うと、俺に対して苦言を呈した。


「ん?何が?」

「あのねぇ……こっちは笑いを堪えるのに大変なのよ!」


 すっとぼけた俺に対して、少しイラッとしたようにお嬢様は返す。

 うん、やった事と言えば、とある令嬢の隣で変顔をしたり……お嬢様の正面に座る令嬢の背後から手を出して阿修羅や千手観音に見えるよう遊んだり……か。

 さすがのお嬢様でも笑いを堪えるのは大変だったのか……。


「あっ」


 戻ろうとしたお嬢様は、声を上げて柱に隠れた。俺もすぐにお嬢様の視線を追うと、その先にはオレンジの髪をした可愛らしい令嬢が居た。

 両サイドには男二人を侍らして楽しそうに笑っている。


「……ヒロイン?」


 俺の言葉に、お嬢様は頷いた。

 処刑の原因となるものに、そりゃ近づきたくないわな。そして、一緒に居るのは王太子の側近と護衛と言った攻略対象者か。

 ……ヒロイン……ねぇ……。

 そんな事を考えて、ちょっと顔を間近で見てやろうと近づいた隙に、お嬢様が遠く離れた所まで逃げるよう速足で歩いて行っていた。


「あれ!?ちょ!!」


 思わず、お嬢様の後を追いかける。

 俺の声が聞こえたのか、お嬢様は少しだけ首を傾げる動作をした。ったく、行くなら行くって言ってくれれば良いのに……。おかげで、全速力でお嬢様の元へ走るはめになって疲れる……。

 と、ここまで考えて俺は首を捻った。

 今までは、お嬢様と一定の距離以上離れる事が出来なくて、離れようとしても無理やり引っ張られていたのだ。


「……離れる事が出来た……?」

「え」


 俺が呟いた言葉に、お嬢様もうっかり反応してしまう位、驚いていた。

 もう一度!と思ってお嬢様から離れようとするも、結局離れられず。そうこうしている内に授業は終わってしまった。

 勿論、邸に戻ってからお嬢様に、いくら暇だからって授業中に集中乱すような事は止めて、と苦言を呈されたわけだが……。


「どうして離れる事が出来たんだろう……」


 今日も今日とて、お嬢様が授業を受けている間は大人しくし、視界から外れる頭上を浮遊している。離れる事が出来たら、この退屈な時間を有意義なものに出来ると思えるんだが……。

 正直、こうやって憑き続けていれば、多少の情は湧くというもので、むしろ幽霊の立場を利用してお嬢様のスパイ活動なんて出来るのでは。なんて事まで思う。実際は無理なんだけど。せいぜい出来た所で貴族お嬢様のガールズトークを聞くくらいしか出来ていない。


「あれ?」


 ふと窓の外に目を向ければ、ヒロインらしき女が木陰で休んでいる。さぼりか。

 膝の上には本の様なものがおいてあり、そこに必死で文字を書き込んでいる……自習か?

 全く謎なヒロインだな。

 そんな事を思いつつ、何を書いてるのだろうという興味本位からヒロインの方へ近づこうとした。


「あ、無理なんだっけ」


 思ったと同時に、俺は窓からすり抜けて外へ出ていた。


「!!??」


 思わずパニックで教室の窓を二度見するが、俺は今、紛れもなく窓の外へ出ている。

 あんなにも焦がれた外での暇つぶし。頭の中は疑問符が占める中、とりあえず俺はヒロインの方へと近づいて行った……のだが。


「アニス!ここに居たのか」

「あ、ルネ!」


 確か、護衛とされる緑の髪に黄色の瞳をした屈強な男がヒロインの元へ駆けてきた。

 隠れる必要はないのだが、俺は思わず木陰に隠れ、二人を様子見る。


「授業をサボるとは感心しないぞ。そろそろ戻ろう、ブルーノが心配する」

「そうね」


 悪戯がバレた子どものような表情を見せ、ヒロインはルネという護衛と共に、その場を去っていった。となれば、俺はどうしようとなるわけで……。


「いっそ探索でも……」


 ヒロインが向かった方向と反対へ向けば、いきなり身体が引っ張られる感覚を感じた。


「え?」


 思わず抗おうとしたが、それは無意味で……気が付いたら、思いっきり引っ張られる感覚と共に、お嬢様の頭上へと戻ってきていた。


「はぁああああ!!!?????」


 思わずと言った事で、思いっきり声を上げれば、ビクッと身体を跳ね上げさせたお嬢様が見えたわけで……。

 やばっ、と思ったが、時すでに遅し。表情は一切変えずに授業を受けているものの、お嬢様からどす黒い怒りのオーラが見えている……ような気がする……と、思いたい。






「えーっと……話があるんですが……」


 授業が終わったタイミングで声をかけるも、表情は変化しないまま、俺の方を一向に見ようとしないお嬢様。

 これ、めちゃ怒ってるやつ?と思いながらも、お嬢様がここで俺に話しかければ変な奴でしかない。


「密室イベントで使われる部屋にでも行って話がしたいんですが……」


 おずおずとそう話しかければ、お嬢様は静かに席を立って、そちらに向かった。それに少し安心した俺だが、相変わらず俺の方をチラリと見る事もない。

 うーん……しかし、離れる事が出来たという事は、一応話しておいた方が良い気もする。しかも多分……ヒロインが鍵だと思える。

 お嬢様から離れる事が出来た2つとも、ヒロインが居る時だ。実験したい。暇だから。


「密室イベント……」


 ボソリと声を出したお嬢様。もしかして覚えていない?と思いながら、少し俺が先導する形で前へ出る。多分こっち……と思いながら、どんどん人気の少ない方向へ向かう。

 ……向かいつつ、お嬢様が1人こっちに向かうって変な事かもしれない、と内心焦った。

 密室イベント。

 奥まった部屋は倉庫として使われるような場所で、そこに向かう生徒は少ない。普段から足を運ぶ必要性がないからだ。そこで片付けを言われたヒロインは素直に行くのだが、悪役令嬢はそこの鍵を壊させてあり、扉が閉まれば開かなくしてあるのだ。

 勿論閉じ込められるヒロイン。……確か、これはミニゲームで突破できたやつだ。ただ、攻略対象者を選べて、その相手の好感度が高ければ高い程、難易度は低い。反対に、好感度が低ければ低い程、難易度は高かった。

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