第23話
『まぁ、もう少しだから』
『もう少し?』
アイに会わせてくれるのか。
王子とアイが会う事に複雑な感情を持ちつつも、アイに会えるという喜びの方が勝る。もう少しって、あとどれくらいだ!と急かすよう問いかければ、王子は真剣な表情で一枚の書類を取り出した。
『……明日、現場をおさえる』
そこには、立ち入り禁止となった場所へ隠れて兵を配置しているという事や、アニスへの監視。ブルーノやルネの動向を探る監視。現場を取り押さえる準備などの計画が書かれていた。
『あ…………』
そうだ、明日だ。
言い逃れ出来ない程の証拠を掴んだ。
現場をおさえてしまえば、即逮捕。そのまま牢屋行きだ。勿論、売っている奴も捕まえる。
二人を絶対に逃がさないという王子の思いも流れ込んでくる。
『今日か……』
『正確には今夜だね』
起きて、いつも通りのルーティンをこなす。……こなす?
自分が行っているとでも言える、不思議な感覚に少しの違和感を覚える。この違和感が少しというのも、疑問だが、それよりも今夜の事で頭はいっぱいだ。
アデライトに対する学園での噂、それの出所がアニスである事もしっかり証拠が押さえられている。
『騎士団への確認と、宰相と最後の打ち合わせがあるよ』
『分かってる……ん?』
『ん?』
王子が俺にアドバイスのように伝えてきた事に疑問を覚えた。……あれ?おかしくね?
そんな事を思っていれば、クスクスと笑う王子の声が脳内に響く。
『……今夜、全てを終わらせるよ』
『あぁ……』
その後、俺がどうなっているのかは分からないけれど。出来ればアイへきちんと伝えて欲しいと願う。それに対して王子は何も答えなかったが、さすがにそんな不義理はしないと、数日一緒に居て確信は持てている。
――ただ、王子の言葉に更なる裏が隠されていたという事は、この時の俺は全く気が付く事も出来なかったが。
◇
「危険な事をしてはいけない。公爵令嬢なのだから」
木陰に隠れているアイを見つけ、そう声をかけた。俺達の存在に気が付かなかったのか、ビクリと身体を揺らしたアイは、恐る恐ると言った様子でこちらに視線を向けた。
というか、やはり一人でも来たのか。
ランデー公爵にフォローを入れた筈だが……周囲を信用せず断罪ルートが決定事項だと思っているアイからしてみれば、いくら王家からフォローが入ったところで信用はないよな。
「……っ!殿下……お見舞いにも行けず大変申し訳ございません。私が此処に居るのは……諸事情がありまして……」
立ち入り禁止となっている区域にいる事を咎められると思ったのか、視線を泳がせてアイは伝える。内心、こんな事をしている場合ではないのにと思っていそうだ。
「そんな事は良い。それより此処は任せてくれないか?アニス達はしっかり処罰する」
「……殿下?」
アイは目をパチクリとさせて首を傾げた。
そりゃそうだろう。完全にアニス側にいると思っている王子が、こんな事を言えば、混乱しても仕方がない。
「詳しい話は後日する。此処は……」
「お前達!何をしている!!」
ひとまずアイを退散させたかったが、前方の方で現場を取り押さえた騎士の声が響いた。
自分に向けられた声なのかとアイは一瞬驚き、身構えていたのに思わず笑いそうになったが、騎士団が動いている事を理解すれば、再度困惑した顔をしている。
「何するのよ!話してよ!」
「待て!!」
アニスは捕まったようだが、騎士団の焦る声が聞こえる。……何かを取り逃がした?アイの顔にも緊張が走る。
その時、こちらに向かって走ってくるフードを被った人影が見えた。
「ちっ」
小さな舌打ちが聞こえたと共に、そいつは剣を取り出し、スピードを落とす事なくこちらに向かってきた。
危ない!
本能が危険だと告げる。
「アイ!」
思わず俺はアイの前に立ち憚る。後ろから騎士が追いかけてくるところを見れば、こいつは商人の方なのだろうか。
この国に茉莉花の艶を持ち込むだけで罪になる。そりゃ逃げもするだろうが……。
目の前に迫る商人、振り上げられる剣を前に、俺はアイの前に立ったまま目を瞑る事しか出来ず……。
キィンッ!ドガァッ!!
(…………?)
金属が鳴る音と、打撃のような音。
恐る恐る目を開けると、目の前にはアイの後ろ姿が……あれ?いつの間に?
そして、足元には先ほどのフードを被った人が転がっていて、追いかけてきた騎士達も呆然としていた。
「!拘束しろ!」
一足先に正気へと戻った騎士が、周囲の騎士達に命令を下し、アイに対して礼を言うと言い頭を下げた。騎士達によってフードを被った人があっと言う間に拘束されていくのを目に、俺はまだ茫然としていて……。
「アイ……?」
バッと、アイが俺の方を振り返る。驚きに目を見開きながら。
……いや、驚きたいのは俺の方だけど……実践なんてやってなかったのに、意外と出来る……?え、俺の立場は?
色んな言葉が頭を駆け巡るが、口が小さく動くだけで言葉として外に出す事が出来なくて……。
「殿下!捕縛完了いたしました!城へ戻り事情聴取をお願いいたします!」
「ランデー公爵令嬢!?どうして此処に!?」
アイの存在に気が付いた騎士が、疑わしそうな目でアイを見る。
そりゃこんな現場に居れば、疑われても仕方ないと言うものだ。……そうなる前に帰って欲しかった感はあるんだが……。
「彼女も被害者だからね。その目できちんと事の成り行きを見たいと言ったんだ……誰か!アデライトを送ってくれ」
学園で広まっているアイの噂を大半が耳にしていたようで、納得したように頷くと、邸まで送ると申し出た。
俺に対して何かを言いたそうに口を開き、視線を向けるも、言葉を飲み込むようにして騎士達の後をついていった。
『あとは宰相達に任せればいいのか』
『いや……まだやる事はあるよ』
脳裏に浮かぶ、二人の姿。幼い頃から一緒に居て、心許せる側近と護衛に選んだ者。
まだ厳罰な処分や処遇はされていない。だからこそ、アニスが捕まった事で二人が詰め寄ってくるのは目に見えて分かっている。
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