第24話

「殿下!何を考えているのですか!」

「きっと誤解です!」


 案の定と言うべきか……朝になってアニスが捕まったという一報が二人の耳に入ったのだろう。朝早くから人の執務室へと押しかけてくるのだから。

 こっちは少ない睡眠時間の後で、後始末の書類を処理しているというのに。


「……君達はアニスと離れていて、何か気が付く事はないのか?」


 確認のように伝える。

 離れる時間で正気に戻るのか。少なくとも王子は、城へ帰れば後悔に苛まれた。だからと言って、共に過ごす時間が増えれば増える程、自分の思うように身体は動かなくなったが……。


(言葉や躊躇いには、出る筈だ)


 操られるように惹かれた可能性に賭けて、二人に視線を向けた。瞬きすら惜しいといわんばかりに、二人の動向を逃さないように。

 ……だけど。


「何を言っているんですか?あぁ、殿下も寂しくて、変な嫉妬からこんな事を?」

「だったら、殿下も目が覚めてすぐ学園に来てアニスと会えば良かったんですよ。証拠の捏造でもしてたんですか」


 握った拳から生暖かい液体が広がる感覚。それが血だと言う事に気が付いた時、怒りに染まった頭が少しだけ冷静になった。

 ……コイツ等は、洗脳されたんではなく、攻略されたんだと。

 ……簡単に心を掌握されたんだと。

 そして俺を見下すような発言。いくら幼馴染のような存在でも、こんな上下関係も分からず、貴族マナーも守れない奴等を側に置いていた自分が恥ずかしくなる。

 ……自分が?


 「殿下?」

 「頭打った後遺症がまだあるんですかね」


 自分の思考に引っかかり、少し止まっていた俺に、また二人は訝し気な目を向けては馬鹿にするような口調で話しかけてきた。


「……お前等は外れてもらう」

「え?」

「は?」

「側近や護衛から外れてもらうと行ったんだ。近寄る際は必要な手続きを踏め」


 ブルーノは驚愕の表情をし、ルネは顔を真っ赤に歪め怒り出した。


「何言ってんだ!俺以外の誰に護衛が務まると!」

「そうですよ!護衛もですが、他の誰に側近が務まると?アニスの件に関しての嫉妬も、ここまでくると醜いですよ、殿下」


 ――こいつ等は、事の重大さを理解していない。

 きっと何を言った所で、嫉妬だの八つ当たりだの、的外れな理論ばかり並べ立てて話にならないのだろう。……そもそも、その根底として第一王子がアニスを愛しているなどというワケの分からない根拠があるのだから。


「…………おい、こいつらを追い出せ」


 話をする事すら無駄だと感じた俺は、近衛兵に声をかけ、まだ喚いている二人を追い出してもらったと同時に、ふいに奇妙な事を思う。

 ――……俺……?


 王子の声が聞こえない……どころか、王子の身体を使っているのは……俺?

 試しに腕を動かしてみれば、それは俺が動かそうと思った通りに動いた。あまりに無意識すぎて今まで変な違和感を感じるくらいだったのか?

 というか……記憶も、経験も、そのまま残っているかのように感じる。だけれど、確実に俺がこの身体を使っているようで……。


「……乗っ取った!?」

『いや、違うから』


 俺の盛大なる突っ込みに、王子は冷静な声で脳内へ語り掛ける……ん?俺が今、言葉を口に出した……?

 立場が逆転している現状に、俺はゾッとした。違うと言っても、まさに俺が王子の身体を乗っ取ったとしか思えない状況なわけで……。


『正確には、乗っ取らせた……というよりは、譲ったという方が正しいのかな』


 ――は?

 ――え?

 ――なに言ってんの?


 理解出来ない言葉を放たれた感覚……というか、言われた言葉を理解できない。むしろ理解する事を脳が拒否していると言った方が近いのか。

 一瞬の間、そんな事を考えている内に、いきなり俺の意識は遠くなっていった。










「こうして対面するのも久しぶりだね」


 目を開けた時、またしても前に居るのは王子で、以前言っていた精神世界という所なのだろうか。ただ、以前と違い、王子の身体が透けているようにも見える。


「……どういう事?」


 色んな出来事がありすぎて、脳の処理が追い付かない。

 何で俺が王子の身体を動かせたのか、どうして記憶があるのか。何より……目の前に居る王子は、どうして透けているのか。


「僕はね、死ぬ運命なんだ」

「は?…………いやいや、生きているし!」


 いきなり何を言いだすのだ、この王子は。

 身体が生きていて、戻れるのに。むしろ今、生きているようなものじゃないか。

 ……これから死ぬのか?いや、そんなシナリオはない。

 ぐるぐると思考が回る俺に、王子はクスクスと笑っている。いや、笑いごとじゃないよな!?


「だから、君に身体を譲るんだよ。そして僕は……消える」


 王子からハッキリと紡がれた言葉に、俺は呆然とした。

 死んで、転移するのではなく、乗り移るような行為だ。むしろそれを譲るとまで言い切る王子が理解しがたい。

 ……どうして、そう簡単に自分の身体を譲れるんだ?

 それに俺は他人の身体を乗っ取ってまで生きたいとは思わない……。


(あっ)


 そこまで考えて、浮かんだのはアイだ。

 出来る事ならば元の世界で幽霊として浮遊したかった。元の世界で終えたかった……けれど、ここにはアイが居る。

 この世界で、心残りが出来ている。


「……僕はね、後悔したんだ」


 淡々と王子が語り出した。そこに悲しみや怒りといった感情は見当たらない。

 本当に、ただ淡々と……諦めではない。もう受け入れているんだ。全てを。


「だから、国を助けてと願った」


 ――本当に国を愛しているのか。


 これが無償の愛とでも言うのか。自分の命より、何より、国を優先し、それで満足しているというのか。

 全くもって納得がいかないし、理解も出来ない俺に対して、王子は元より理解して欲しいわけでもないと言い、だけれども優しい声色で話始めた。


「……あんな醜聞の中で自分が死んだら、どうなる?アデライトは?国は?」


 ……婚約者とは違う女を懇意にし、婚約者を邪見にし……挙句、側近や護衛もアニス側だ。

 あの状態で王子が居なくなった場合……アデライトが突き落としたという冤罪が事実になる……?


「まぁ、そうなる可能性は高いよね」


 王子の言葉にゾッとした。死人に口なしとは、よく言ったものだ。

 そして、あの三人ならやりそうだ。ヒロインに至っては、攻略した人物が二人も居れば、王子以外のルートに進むという結論に達していてもおかしくないだろう。


「そして、僕の願いで君が来た……ただ、何故か僕の身体に入らなかったようだけど……僕が死にかけてたからかな?」

「は?」


 何を簡単に言ってるんだ、この王子は。


「でも、君が国を救ってくれる存在だと直感的に悟った……と言えば良いのかな。君だと思ったんだ。……アデライトとも繋がりがあったようだし」


 何とか自分の身体を生き延びさせ、俺と接触しようとしていて時間がかかったと王子は言う。

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