第16話

 どうしたら良いのかなんて分からない。

 自分は、ただの幽霊で、そして無力だ。


 助けてくれ。

 助けてくれ!

 助けてくれ!!


 ――……。


 俺の声に答えるよう、どこかから声が聞こえたように感じた。

 どこかで聞いた事のあるような……どこかで感じた事があるような……。

 ふと既視感を覚えていた時、フッと一瞬意識が飛んだように感じた。……幽霊なのに。


「――っ!……!!」

「………!……………!!」


 いきなり周囲が暗闇に呑まれ、周囲は叫び声に満ちた。……うるさい。誰だ。

 しかし周囲は未だ闇に呑まれたままで、その顔を見る事すら出来ない。何故だと思えば、瞼が開いていない事に気が付く。

 ……変だ。

 身体が動かない。瞼が開かない。声が……出ない?

 身体があるような感覚。不思議に思えど、先ほどの事を思い出せば怒りに震える。


「あ゛……」


 何とか掠れたような声でも出る。……自分の声ではないようだが。

 俺の声に周囲は更に騒々しくなるが、とりあえず今は……。


「……日に………で…………茉莉花……艶」


 アイテム名を口にした瞬間、ピタリと騒動が止まった。

 何とか日付と場所を言えた俺の意識は、また沈んでいく。

 ……誰でも良い……誰でも良いから、あいつらを捕まえてくれ。

 これ以上、お嬢様が傷つかないように、傷つけられないように……。









「斗真君!」


 ふと目が覚めると、見覚えのある天井に、聞き覚えのある声。

 声の方向へ視線を向けると、ベッドに居るお嬢様と視線が合う。


「お嬢さ……」

「どこ行ってたの!?」


 ポロリと涙を流したお嬢様に、こちらが焦る。

 いや……何か……ん?夢だったのか?

 結局、今の自分は今までと同じ幽体で、フワフワと浮かんでいる。

 とりあえず考えても仕方がないと思い、お嬢様の側に行く。

 太陽の光が窓から入ってきているのに、ベッドで休んでいるのは、まだ体調が思わしくないのか……思い出せば腹立たしい感情が沸き上がってくる。


「良かった……目が覚めたら居ないんだもの……」


 常に一緒に居るのが当たり前になっていたのは同じなのか。俺もアニスの元に居た時は変に孤独感に襲われていたなぁと、その時の感情を思い出す。


「お嬢様こそ、無事で良かった……」


 あのまま目が覚めなかったら……そんな事までも思っていた自分に今更ながら気が付く。

 王子は未だ昏睡状態なのだ。お嬢様がそうなっていてもおかしくないわけで、時間がたって冷静になった頭でも、考えれば考える程、あいつらのした事は絶対に許してはならない事に思える。






「まぁ、保健室へ連れていってもらったみたいで、その後すぐに目は覚めたんだけどね……」


 涙を拭いながら、お嬢様は続けた。

 俺の姿を見て安心しているように微笑んでいるお嬢様を見ると、何か心が温かくなる。


「念の為、安静にしてるってこと?」

「そうね……頭を打ったものだから、あんまり動かない方がって……それより!寝てたの?……呑気なものね」


 元気なお嬢様に俺は安堵の息を吐くが、お嬢様はどこか拗ねたように頬を膨らませて言った。

 俺が消えると言えば、俺が寝ているような感覚に陥る時だけだ。お嬢様があんな状態なのに、そりゃ寝ていて消えていたとなれば、良い気はしないよな。


「夢……かな。何か身体の感覚があった気がする」

「え」


 俺の言葉にお嬢様は呆気にとられた。

 そして、少し視線を下に反らし、悲しそうな表情をしていった。


「……元の世界に戻れたって事……?」

「あ」


 そんな事、考えても居なかった。

 もう自分は死んだものとして、そしてこの世界に居るものとして、元の世界に……自分の身体に帰れるなんて可能性はゼロに等しいのじゃないかと無意識のうちに思っていたんだ。

 もはや死後の世界。勝手にゲームの中へ吸い込まれたと言った方が、自分の中で納得できたからだ。……所詮、俺はゲーム脳よ。


「……消えてしまったと思ってたから……戻れるのなら良い事なの……かな」


 お嬢様の言葉に、ゾッとした。

 確かに、戻れるなら良い事のように思える。思えるけれど……。


 ――お嬢様を一人、この世界に置いて?

 ――悪役令嬢として、孤独と戦うお嬢様を?


 死んでから、自分が孤独に苛まれ過ぎて……お嬢様を一人残していく事になるかもしれない可能性に対し、手放しには喜べない。

 お互い沈黙し、若干気まずい空気が流れる。


「……斗真君の事、教えてよ」


 ポツリと、お嬢様が口を開いた。


「そっちで元気にやってるんだと思えば……まだ、頑張れる。……だから、向こうの世界で生きてた事、教えて」


 特に自分の身の上とかを話した事もない。ただ同じ日本に住んでいたという位だ。

 これは、あれか。相手の幸せを願えばというやつか……。

 それなら、俺としてもお嬢様が幸せで生きていくという確信が欲しい。それには、やはり証拠を掴んであいつ等を捕まえるしかない。

 だけど、今は……悲しそうな表情をするお嬢様に、俺は自分自身の話をしよう。


「覚えてる範囲でも良いから、お嬢様の前世も聞きたいな~」

「斗真君の話に感化して思い出すかもよ?」


 冗談めかして、俺も口を開いた。

 今は悲しみより、楽しもう、と。







「あー確かに、私もゲームばかりしていたような……?」

「テストなんて一夜漬けよー!」


 色々と話をする。

 共通点なんてないけれど、修学旅行なんてものがあり、飛行機に乗った話とか。体育祭や文化祭の事。科学が発展していて、移動手段は電車や車だった事も、当たり前のようでお嬢様には懐かしい話だ。

 ……まぁ、俺も死んでそんなに経っていないが、結構昔に思える。この世界での生活を見ているだけで、これが普通という感覚になったようだ。……慣れって、恐ろしい。


「車……そうね、おしりが痛くなくてスピード出てたわ……結構忘れてるものね」

「そりゃ生きてる記憶合わせて、何年になるんですかね~?」

「おばさんって言いたいの?実際年齢を重ねないと出来ない体験ってのもあるんだからね!」


 お酒やたばこは成人してからだし、どうしても学生の身分では親の庇護下になる。保護者は絶対必要で、責任問題になるとやはり親だ。

 確かに、そういう意味でも実際年齢を重ねていないと、独り立ちという経験も積めない。


「確かに就職とかはなぁ……」

「就職……」


 お嬢様が、いまいちピンとこないと言った感じで、うーんと唸る。

 あっちの世界では就職がどのようなものだったか、記憶にないのだろう。まぁ、細かいところはあまり覚えてないとは最初から言っていたし。むしろ見ていると微笑ましくも感じる。


「家の近くに公園があって、それがまた見晴らしよくってさ……」


 お気に入りだった場所を語る。何か……自然豊かなのは、明らかにこちらの世界だが、やはり日本の自然も懐かしい。それは故郷といった感じなのだろうか。


「幼馴染と、よくそこで一緒にゲームしてたりして……」

「……そこ、池がある……?」


 顎に手を当てて、何かを考えるような仕草をして、お嬢様が口を開いた。


「小さい池なら……」

「学ラン……公園と池……大木のある学校」

「え!?」


 お嬢様の言葉に、自分の耳を疑った。学校に大木があったなんて、俺はまだお嬢様に言っていないからだ。

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