第17話
「私……知ってる……知ってるよ!池には鯉も居た!思い出したよ!」
俺の話に感化されて思い出したのか、お嬢様は興奮気味に話し出した。
「海があって……山もあって……うん、海水懐かしい!」
そういえば、この世界でまだ海や山を見ていない。日本でも海まで遠い場所に住んでいる場合もあるし、遠い可能性もあるだろう。
……しかし、お嬢様の話的に……どうも、同じ公園で同じ学校だったように思えるんだが……。いや、でも……もしかしたら同じような場所が他にもあるのかもしれないし……。
「そこで私、男の子とゲームを…………」
瞬間、お嬢様はハッとした表情になり、こちらを向いた。俺も、まさか……そんな、なんて思いが募る。
「……斗真……え、なんで……?」
敬称がなくなって俺を呼び捨てにするお嬢様の瞳は、驚愕で見開かれた。
なんでって……何が?
でも、この様子から察するに、お嬢様は俺の事を確実に知っているようで……でも、先ほどの思い出を共有するような人は……。
「私……愛だよ……千堂愛……」
「愛!?え!?お嬢様が!?」
悲しそうな、懐かしそうな瞳をするお嬢様と反対に、予想していたとはいえ、俺は驚愕の声をあげた。だって……本当に知ってる人に会えるとは思ってなかったというか……。しかも、幽霊になった俺と意思疎通できる人だなんて……。
「ウケる……斗真にお嬢様とかって呼ばれてたなんて……」
「俺も愛の事をお嬢様って呼んでいたって思うと何とも言えない……」
俺のお嬢様呼びで笑いだす愛に、俺は若干複雑な感情を抱く。幼馴染にそう呼んでいたという羞恥心みたいな、でも再会出来た喜びというか。色んな感情が渦巻いていて、思わず顔を俯かせた。
「アデライトだもの……アイって呼んでよ。……斗真の声は周囲に聞こえないし……」
「それなら……アイで」
流石に中身が愛だと分かった以上、お嬢様と面と向かって呼べる気はしない。恥ずか死ねる。死んでるけど。
「愛は1人で、悪役令嬢として頑張っていたのか……」
愛だと分かれば、その道のりを考えれば俺まで苦しくなるし、むしろ今まで以上に、ヒロイン達へ対する憎しみも増える。愛に何て事してくれたんだ!と。
「……うん……愛だった事を思い出したら、結構色んな事も思い出せたみたい……というか、斗真……」
アイは話しづらそうに、少し視線を反らした後、しばらく躊躇った後に、しっかり俺の方を向いた。
「その姿……高校生だよね?斗真、いつ死んだの……?」
「え……?」
アイの言葉に驚いた。
俺はテスト当日に死んでいるわけで……愛は知っている筈だと思ったからだ。流石に学校でもお知らせがあるだろうし、そもそも幼馴染なのだから、俺が死んだのを知らないなんて、愛ならばありえない。学校でなくとも、親が連絡をしているだろうからだ。
まぁ、しかしアイは先ほど記憶がハッキリ戻ってきたばかりだし。
「まだ記憶が曖昧なのか……?俺はテスト当日、学校に向かっている最中、歩道橋から落ちて……」
「……私もテスト当日、学校へ向かう途中に事故で……」
――嘘だろ……。
お互い、驚きで言葉を発する事が出来ず、部屋を沈黙が支配する。
だって……まさか……同じ日に同じような時間帯で死んでいるなんて思ってなかった。
それならば俺が愛の死を知らず、愛も俺の死を知るわけがないのも理解した。……お互い、学校へ辿り着けて居ないのだから。
あの日、あの時間帯、俺達の時は止まって……そして何の因果か、愛は転生し、俺は幽霊として此処に居るのか……。
「……斗真も死んでいたなんて……しかも、そんな姿で……」
「アイこそ、悪役令嬢っていう辛い立場に転生してるじゃないか……」
「でも……っ」
お互いがお互いに対して同情する。己の境遇を嘆くよりも、つい相手を心配してしまう所なんて、本当に愛らしいと言えば愛らしい。……鍛錬は愛らしくないが。
転生してからのアイと前世での愛を比べながら、何となく笑みが漏れた。
「会えて……良かった……っ!もう消えないで!いきなり居なくなるのは、怖い!」
さっきまで俺が消えていた事に対する恐怖が、また沸き上がってきたのだろう。アイは、目に涙を浮かべ、身体を震わせた。
「それを言うなら愛も……」
「人間いつ死ぬか分からない……いきなり明日会えなくなるかもしれない!」
前世でいきなり死んでたよな、と冗談ぽく言えない内容だけれど、言おうとした瞬間、アイが遮って声を上げた。
……確かに、お互い死んでいたからこそ、再会になったけれど……もし残されていたのならば、その悲しみはどれだけのものだろう。あまりに想像出来なさ過ぎて、何とも言えない。
……きっと、その時にならないと分からないけれど、その時になったら悲しみで打ちひしがれていそうだ。
そしてアイは……記憶こそ曖昧だったものの、死んで目覚めたら全く知らない世界だったわけだ。
俺はすぐアイに出会えて意思疎通が出来たけれど、アイはどうだったのだろう。それこそ果てしない孤独感だったのではないだろうか。
「……と言っても、俺……幽霊だからなぁ」
「…………」
――いつ、どうなるかなんて分からない。
はっきり言葉にはしなかったけれど、含みを持たせて言った。……言ってから、自分自身が恐怖に襲われた。
言葉にすれば明確になったのだ。
「……いつ消えるか、わからないってこと?」
確認するかのように、アイが言葉として呟き、更に俺を恐怖が襲った。
成仏だとか何だとか言うけれど、実際の所、生身の人間が迎える死とは違い、幽霊の終わりは分からない。
「やだ……また消えたら嫌だ……」
「寝るなって事?そりゃ寝なくても脳がないから平気っぽいけど……」
泣きそうなアイに対して、少し冗談めかせて言った。
「……幽霊は夢を見るのだろうか」
身体に戻った感覚があった。それは確証があるわけでもなく、ただ幻だったような夢現ではある。
その事をアイが思い出したのか、少し俯いた。
「……もし戻れたとしたら喜ばしい事だけれど……寂しい」
ここに1人アイを置いて行く事は、俺としても心穏やかではない。戻ったとしても、心配で仕方がないだろう。むしろもう一度ここへ戻る方法はないのかと考えそうだ……考えてどうにかなるものではない事を理解していたとしても。
――たとえ、生きていても、いつ死ぬかなんて分からない。
だからこそ、いつ別れが訪れるのかなんて分からないのだ。
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