第18話

 後悔のない生き方を。なんてよく聞くけれど、どう生きれば良いのかなんて分からない。というかむしろもう死んでいるわけだが……。


「アイが生きていけるように協力するから」

「……それよりも……少しでも一緒に居たい」


 孤独の中、再会出来た喜びと安堵。しかし、それに甘んじて楽しんでいても、アデライトの現状は悪いのだ。立場も、家も。

 まぁ……ブルーノとルネに至っては、かなり周囲への印象が悪かったから、どうかは分からないが。

 結局、自分の為にというか、俺が後悔せずにいる為、今の俺がアイに出来る事は何か。日本ではない分、特に自分の欲望もなければ、自分の為に何かしたいわけでもない。……だからこそ、アイの今後を考えながら、いつの間にか泣き疲れて眠ったアイを見ているうちに、自分も睡魔のような微睡みの中に沈んでいった。





 ◇




「……まっ!斗真!斗真ー!!」

「……ん」


 俺を呼ぶ声に意識が浮上する。


「あ。居た」


 アイの声がする方へ視線を向ければ、目に涙を浮かべたアイが居た。

 ……寝て消えていたのか……流石に昨日の今日じゃ心配するよなぁ。

 アイは俺を見つけて落ち着いたのか、涙を拭えば、よし!とその場で姿勢を正した……のだが。その恰好は先ほどのアイには似つかわしくない、とても動きやすい、いつも鍛錬に使っている服装だ。


「えと……?」

「いつでもアニス達を捕まえられるように準備は毎日行っておくべきでしょう!?」

「前世引きこもりオタがー!!」


 そう、愛だって俺と同じでゲームばかりしていて、家にこもりっきりだったのだ。違う所と言えば、愛はそれなりに勉強もしていた事くらいだ。……学業も家に籠ってるようなもんじゃね?それなのに、アイになったらこれか!


「斗真も引きずられてないで、走るよー!」

「無理!無理だからー!」


 そんな俺の声は無視され、いつもと同じように鍛錬に挑むアイ……そして、引きずられる俺だった。






 あと数日。

 いつもと同じように過ごしている中で、俺は俺で他の証拠はないのかと動くも、アニスと会った時にアニス側へと憑けるだけだ。リア充を撲滅したくなるシーンを見せつけられるだけで、何の収穫も得られない。

 ただ、ブルーノとルネは周囲から避けられているようだが、本人達はアニスしか目に入っていないのか、何も気が付いていないのか平然としている。

 恋は盲目すぎるだろ……。


「直接現場を抑える以外の手段が見当たらないわ……」

「いつ、脳まで筋肉になった」


 アイの言葉に溜息を吐きながら答えるも、たかが高校生二人の思考では、現場を抑える以外の手段が見つからない。こういう時に大人の手助けがあれば、また違うのだろう。専門家とか……なんて考えても無意味だけど、つい考えてしまう。


「とりあえず寝て、思考をクリアにしとこう。身体を休ませるのも大事だろ」

「うん……おやすみ」


 寝不足では集中力や判断力が落ちる。

 俺はアイが眠るのを見届け、しばらく寝顔を見ていたが、結局つい微睡みの中へ意識を沈める事になる。

 あー……明日もまた、アイが涙目になりながら名前を呼ぶんだろうな、なんて……呑気に思っていた。


 ――そう、いつだって終わりは唐突にやってくるというのに。




 ◇




「やっと、会えたね」

「……ん?」


 声に導かれて、目を開ける。

 そこには金髪碧眼の、いわゆるイケメンと呼ばれる部類の男が経っていた。身なりも良い感じに見える……刺繍の良さとか、俺わかんないけど、多分綺麗なやつ。


「え……誰?」


 どっかで見たような……。

 もう、こう思うのはこの世界に来てから何回目だろう。しかし、俺は今どこに……夢?え?今度こそ夢?幽霊も夢見るの?

 いつも気が付けば意識がなく、気が付いたら起きるという、全く夢を見ていない状態の睡眠に近かった俺は少し……否、だいぶ混乱した。


「トマ・ディアーズと名乗っても分からないよね。……アデライト達がいる国の第一王子なんだけど」

「あ!攻略対象の王太子サマ!」

「……立太子してはいないんだけど……君にもそういう未来が見えるのか」


 まさかの王子と対面するなんて!と驚いていたが、俺の言葉に王子は悔しそうな顔をして俯き、手を握り締めていた。そんな姿を見ていれば、こちらが逆に冷静さを取り戻すというものだ。

 ……そういう未来が見える?

 なんの事だ?

 疑問符を頭の中に張り巡らせていると、目の前に居る王子は俺の状態に気が付いたのか、にこやかに微笑んだ。


「実は僕が君の事を呼んだんだよね」

「…………は?」


 目の前に居る王子は微笑みを絶やす事なく俺の方を見ている。

 今、なんつった?にこやかな顔で、なんつった?

 え?愛と再開させてくれてありがとうございます?いや……何で幽霊の姿で呼んだ!?え、てか呼んだって言ったよな今!?


「夢だ。夢に違いない」

「いや、確かに精神世界みたいなものである事に間違いはないが……」


 脳がオーバーヒートして、意識が失いそうになる。否、正しくは失いたいという願望だ。逃げたい。

 しかし、王子は俺を逃がす気は毛頭ないらしい。精神世界って何だよ!


「少し準備に時間がかかってね……やっと君と話せる。君には全部話さなきゃいけない」

「…………」


 聞きたいが、呼び寄せたと言われた手前、嫌な感じもする。しかも準備って何だ。

 警戒している俺を見て、王子は少し溜息をつくと、手を上にあげた。それに呼応するかのように周囲の風景が草原になり、池までも現れた。

 王子がどうぞ、と言った所には机とテーブルもあり、お茶やお菓子もある。


「身体はないけど、少しでもリラックス出来るように」


 そんな事を言われれば、座らないわけにもいかない……。

 渋々座り、目の前にあるお茶へと手をつける。うん、味は分からないが少し気分は落ち着く。


「……君には助けてほしかったんだ……国を」

「……は?」


 いきなりスケールが大きい事を言われ、手に持とうとしたクッキーをポトリと落とした。

 何言ってんだ、この王子様。一端の幽霊に言う言葉か?てか幽霊に何を求めてるんだ。というか、国を救って欲しいなら幽霊を呼び寄せてはいけないだろ。


「うーん……一応、君の精神世界に干渉してるから、君の考えてる事は僕にも伝わるんだけど……」

「……不敬があっても処刑される身体がない」

「……まぁ、不敬を言うつもりもないけれど……」


 いっそ開き直ってみるが、その冗談は笑えないとでも言うように、王子は少し口角を引きつらせていた。実際、俺の身体は向こうの世界だ。ある意味、幽体ってのは無敵だなー……。望んでなったわけではないし、幽体のままで居たいかと言われれば確実にお断り案件ではある。

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