第19話

 それにしても……王子ってヒロイン側だろ?アニスに攻略されてるんだよな?アイが言うには、学園に入ってから嫌われていったとか。


「……まず、最初から話始めようか」


 俺の考えを読んだ王子様は、寂しそうに微笑んだ。

 アニス側ならお断りだ!俺はアイの味方だ!と心の中で伝えるも、それに対しては優しく微笑みながら王子は紅茶に口をつけると話始めた。


「初めてアデライトと会った時、彼女は俺を見て泣き喚いた後……倒れたんだ」

「倒れたぁ!?」


 驚き、声を荒げてしまった。泣いたというのはアイから聞いていたが、まさか倒れたとは……。


「人の顔を見るなり泣いて倒れるなんて、とても失礼な令嬢だなと思ったよ」

「確かにまぁ……」


 そんな目にあった事ないから分からないけど、想像したくない程に嫌だという感情だけは持ち合わせている。……いや、何と言うか……ご愁傷様?

 アイ、結構やらかしてるなぁ……。


「……倒れたアデライトが言ったんだ。悪役令嬢は嫌だと」


 ピタリと、俺の動作が止まる。

 様子を伺うように王子を見上げれば、全てを見透かしたように微笑んだ。……胡散臭い笑顔、と言えばそれまでなんだろうけど……。

 俺は王子の様子を観察しながら話を続けろと目で合図をした。……一介の高校生が、王子に適うとは思わないけれど、挑戦くらいしても良いだろ。


「王太子にはヒロインが。ヒロインとの真実の愛が。処刑は嫌だ。倒れたアデライトに付き添っていた時、そんな事を延々と言っていたよ」


 アイーーーーー!!!!

 既に初対面にて、全部ネタ晴らし的な事をしてるじゃないか!


「まぁ、物心つく前の幼子だったし。……でも、僕には衝撃的な内容だったんだよ。だから少し僕なりに調べたんだ」


 サラッと恐ろしい事を王子が言った。物心つく前の幼子だと自分で言っておいて、アイが覚えて居ないのに覚えている記憶力や、調べようとする行動力。

 帝王学というものがあるのは名前だけ知っているけれど、これがまさに上に立つ者が習う帝王学……?生まれた頃から学ばされるのか?……一般市民で良かった。


「確かに、まだ教育がしっかりなされる前の子どもは単純だからね……解読できない文字で書かれたメモや、アイの独り言を盗み聞きしていたけど、本当に不可解だったんだ」


 サラリとストーカー的発言をしたぞ。この王子。

 何でさっきから、こんな怖い発言を平然としてるんだと鳥肌が立つ感覚だ。もう、価値観とかがまるっきり違うとしか思えない。それとも王族だからこそ許される的な何かがあるのか、帝王学が変態なのか!


「……王族の教育は変態じゃないよ……悪役令嬢を妃に出来ないという思いもあったが、真実の愛なんてものが、そもそも理解できなくてね」


 音もたてずにカップをソーサーに戻した王子の顔は真剣そのものだった。……真実の愛で結ばれる筈の王子が、それを理解できない?

 いや、でも理解したんだよな。ヒロインと出会って、恋に落ちて、悪役令嬢に冷たくなって……。


「僕は国の為に生きているんだよ?」


 冷たい王子の声が聞こえた。


「妃教育の問題上、幼い頃に婚約者は決めなくてはいけない。高位貴族から選んで、血族をしっかり継いでいかないといけない。そこには政治や権力のバランスも考えつつ、僕の後ろ盾になれる家でなくてはいけない。」


 感情のない表情と声で、王子は淡々と続けた。

 色々考えて選ばれたのがアデライトなのだろう。公爵家だしな。


「……所詮、政略結婚なんだよ。全て、国のバランスを保ち、民の生活を考えての事だ。そこに一個人の感情なんて必要ない」

「……」


 窮屈だと思いつつも、言葉にはしなかった。

 幼い頃に乗せられたレール。それに従って歩くけれど、選択は自分という大変さ。周囲の大人がバランスを崩せば全て自分に降りかかってくるような立ち位置。

 想像しにくいが、考えれば考える程、そこに自由というものはなく、自分の感情なんて持つ方が大変そうだ。


「国の為に生きている僕が、いきなり現れた女性に真実の愛を囁くわけがない。そんな愚かな行為、ありえない」


 王子曰く、政治バランスが崩れるような関係を持つわけなく、国の事を考えるならアデライトと最良の仲を築く事が一番で。婚約破棄なんてとんでもないと。

 そして真実の愛などと言って、妃教育も受けていない女性といきなり婚約なんて、これから先、どう国を動かしていくんだと。怒りが籠ったような力強い口調で話した。


「だからアデライトの言葉は嘘だと証明するつもりだった……アデライトが未来を予知していた場合を考え、念の為に立太子は卒業まで見合わせてね……」


 王子は王子で戦っていたというのか……?

 確かに、入学してヒロインに会うまではアデライトとも良好な関係を築いていたようだが……。そして、立太子していない理由はそこか。……アイよ、お前がシナリオを変えていたみたいだぞ……出会いから。


「そして、証明できたと……ヒロインに惹かれて、アデライトの言った通りになったと」


 溜息をつきながら王子に言えば、王子は悔しそうに歯を食いしばった。……何だ。心から愛する人に出会ったのに、この表情は。王子の立場からなのか?

 ……ゲームでは結ばれて幸せなエンディングがあった筈だが?バランスとか教育とか無視してはいけないのか?それかヒロインならこなせたんじゃないか?

 運営がそこまで考えるとも思わないが。


「……俺の意思じゃない……」

「は?」


 王子の言葉に、素っ頓狂な声を上げた。

 今更何かに責任転嫁するとも思えないが……自分の意思じゃないとは?


「勝手に惹かれ……自分の意思とは関係なく身体が動く。抵抗したところで無駄だった」

「惹かれるのが恋だと思うが……勝手に動く?」


 そもそも恋愛経験というか彼女いない歴が年齢の俺に、そんな事を言われてもハッキリ分かるわけではない。全てが漫画やゲームの受け売りになってしまう。


「それ何て言う催眠?」

「精神作用系の何かなのは間違いなさそうだ」


 現実逃避的に思った事を言えば、王子はそれに頷いた。げぇ、マジか?もう強制力とか……それか他に課金アイテム的な物を使ったとか?

 リアルでそんな事をするなんて……された側からすれば、そりゃ嫌悪の対象にもなるよな。


「こうして離れていれば、アニス嬢へは嫌悪感しか抱かない。アデライトと婚約破棄し、マナーや常識がない女性を次の婚約者になど……僕は国を滅ぼす気か!」


 眉間に皺をよせ、屈辱そうな顔で、王子は激高したように叫んだ。

 トラブルメーカーを自分の隣に置いておくようなものだよな。いつでも瞬間的に爆発して自分も巻き込まれるやつ。

 ……王子、馬鹿じゃなかった。と言っても、俺もそこまでこの世界の事を理解しているわけではないが。

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