第20話
「……どれだけ抵抗しようとしても、僕は自分を止められなかった…………」
王子は拳を胸元で握り、俯いた。一瞬見えた表情は、悔しそうで、泣きそうで……。王子も王子で1人孤独の中で戦っていたんだと思い知らされるような表情だった。
一体、それはどうなのだろう。
知らずゲームの一員として動かされているなんて……。まぁ、アニスの言動的に、相手が居るという事を理解してなさそうだけど。
(アイに対して簡単に退場とか言ってたしなぁ……)
ネットでも、画面の向こう側に相手が居る事を忘れるなとは言われていた。が、ここでは面と向かってる筈だ。いくらゲームのキャラ相手でも。
まぁ、思考回路が分からない相手の事を理解する事なんて到底出来るわけではない。
「……ゲームとか本とか、よく分からないけれど……僕はね、ずっと誰かアデライトの助けとなり支えられる人が現れる事を祈り続けていたんだよ」
「……お優しいんですね?」
「……そこ疑問形にするところ?」
そもそもゲームの中ではヒロインに優しい王太子殿下だったが、アイからの話を聞けば優しさの欠片もない。視点が違えば、こんなに違うものなのかと勉強させられる程だ。……生きてたら役に立っただろう。
「……貴族世界では当たり前の事だよ……人間には裏があって当然だ……いや、僕の場合は裏じゃないけどね!?」
意外と親しみやすい王子様なのか、俺の考えや言葉に突っ込みを入れてくれるのは、少し親近感が湧いてくる。
しかし、やはり王族と言うのは違うと身をもって知る。
「国を滅ぼすような事は許さない」
殺気、威圧。どんな言葉で表せば良いのかは分からないが、悪寒が走った。本能が逃げろと叫ぶような。
王子の視線は鋭く冷たく……それ程までに国を大事に思い、敵となるものには容赦しないのだろう。
「ゲームとか知らないけれど、たった一人の娘が抱いた欲望の為に、国を傾けるわけにはいかない……ブルーノやルネも同じように自分の意思とは全く違うように動かしているなら……反逆だよね」
あぁ、そうか。
王子が自分の意思とは関係なく動く事があったのなら、ブルーノやルネもそうなるの……か?
「うわぁ……」
ヒロインに対して行われた、三人のリア充満載なやり取りを思い出して、砂糖でも吐きそうだ。
あれを嫌悪感ある人間とやるなんて……うん、正気に戻ったら死にたくなるよな。黒歴史どころか自分の存在がもうアウトに思えそうだ。
「だから……協力してくれないか?」
「え?自分で何とかしようと思わないの?」
幽霊に協力を頼むって正気の沙汰じゃないよな。否、スパイ活動でもしろと?またあのリア充甘々空間を見ていろと?御免こうむる!!
いや、でもまぁアイの為なら嫌々でもやるけどさ……でも本当に必要だってならない限りはやりたくない!心の健康が保てません!
「まぁ……僕はこの状態だからね。アデライトを救えたのは良かったけれど……動かない自分の身体を何とか動かせたよ」
王子が安堵したように言った。
あぁ、そこが変わったのも王子が動いたからなのか。アデライトに対して嫌な気持ちは一切なく、本当に国を動かし民の為になる良いパートナーだと言った。最良で最高の婚約者だと。
王子は心から国の事を思い、国の為に動いている。その意思の高さは尊敬できるほどだ……しかし。
「……まだ生きてるだろう?」
何の嫌味だろう。まだ生きているというのに、この状態とは。俺に対する挑戦状にしか思えない。同じように階段から落ちても、この差は大きいだろう。
生きていて羨ましいだろとでも言いたいのか?協力を求めた相手に?
……何か俺、幽霊になってから、どんどん図太いというか捻くれてる気がする……。
「まぁ……君と同じようなものだよ」
「……は?」
「あの時、僕は国を助けてと強く願ったんだ」
「……で?」
聞きたくない。聞いてはいけない気がするも、つい興味本位で先を促してしまう。何か聞かなければ聞かなかったで後悔しそうな……。
「だから、協力よろしくね?」
「何が!?」
俺の質問は完全スルーされ、王子が言葉を放った瞬間、周囲が眩く光った。
◇
「殿下!」
「殿下!分かりますか!?」
――殿下?
浮上した意識の中、現状を確認する前に自分の身体が勝手に動いて起き上がった。
疑問に思う前に、視界が周囲の人間を捉え、口が勝手に動き出す。
「あぁ、分かる……」
「殿下ー!」
「トマ殿下、具合はどうでしょうか?」
……トマ殿下?え?トマ・ディアーズ?攻略対象の?さっきまで話していた……?
え!?どういう事!?
俺自身は、自分の口で叫ぶように言葉で発しているつもりなのに、身体はその通り動かない。
「大丈夫だ、問題ない」
またしても、勝手に動く口。紡がれた言葉に突っ込みを入れたい。
大丈夫じゃないし、問題ありまくりだ。
そもそも、何故俺が王子の身体に入っている?そして、何故勝手に動いている?
アイに憑いていた時みたいに、自分の視点があって、アイを見ているのならともかく……とてつもなく気持ち悪い!
『気持ち悪いって……いや、でも今はこれが精いっぱいかな?』
頭の中で言葉が反響する。てか、これ……この声の主って……。
『王子?』
『考えるだけで話せるのって楽だよね。そして色々教えて欲しいんだけど』
『教えて欲しいのはこっちだ!』
いきなりの展開で頭がついていかない。というか、王子はこの状況になる事を理解していたようだ。……説明しろ!説明をー!
そんな俺の考えは無視するように、王子は安静にという医者らしき者の言葉を遮り、宰相以外へ箝口令を強いた後、素早く着替えて本棚や書類が大量にある部屋へ入った。
……執務室という場所だろうか?なんて思えば、正解、とだけ返事がきた。いや、そこだけ返事を返されても仕方ないんですけどね!?
「殿下……お話があります」
控えめなノックと共に、モノクルをかけた男性が入ってきた。
誰だこれ?と思っていれば、王子が宰相だと脳内で答える。……宰相?つまり頭脳派か。
「少し前、寝言にように殿下が茉莉花の艶を呟いた事がありましたが……覚えはありますか?」
え?
俺に覚えがあるような事を言った宰相は、鋭い視線でこちらを貫く。同じ身体を同じ目線で共有している俺は肝が冷えた。まるで自分自身に向けられているようで、それを普通に受けている王子に驚くばかりだ。
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