第21話

「……それの事で急ぎ動きたいんだよ」


 王子の言葉に宰相の眉がピクリと動いた。意外な所で表情が読めるものだな……ただ、何を思っているかまでは分からないけれど。


「夢の中での出来事だけど、念の為……ね。あとは僕自身の経験からかな……あ、しばらく学園には行かないから」


『君が居るから、もう勝手に身体が動くという事もないだろうけど』

『こんな気持ち悪い思いをしてたのか』


 王子が語り掛けた言葉に、同情すると共に早く解放してくれという願いを込めて返した。


 ていうか、俺はあの時、王子の身体に入って言葉を放ったという事か?夢ではなく?元の世界に戻ったわけでもなく?

 一体どうなってるんだ?


『ちょっと色々教えて欲しいんだけど。アデライトを助ける為に』

『……答えられる範囲なら』


 そう言われては、答えないという選択肢はない。俺の質問に答えて欲しいとは思ったが、まず優先するのはアイの事だ。

 王子は宰相に自分で自分の身体が動かせなくなるような事と共に、俺から茉莉花の艶の話を聞きつつ、その場所や日付までも宰相に伝えていく。……あくまで夢で見た話だとしつつも、自分の経験から、アニスがそういうアイテムを使っていてもおかしくはないという風に付けたす事も忘れはしなかった。


「……なるほど。確かに、ただの夢で終わらせるのも怖い話ですね」

「念の為に兵を配置する事を考え、他に何か証拠がないのか調べようと思う……ここからね」

「近寄らない方が賢明ですね。分かりました、そう手配致します」


 物分かりの良い宰相は、王子の言葉に頷いた。

 これでアイが助かる……?というか無謀な事をしなきゃ良いけれど……アイの事が心配になる。


「とりあえず、アニスという娘の監視は今すぐにでも」

「頼む。あとはブルーノとルネだ。僕が起きたという事は二人に知られないように」


『あー……協力の為に宰相のみ伝え、他には箝口令……か』

『そういう事』


 王子が起きたという事は周囲へ漏らさず、秘密裏に動くのか。宰相もその考えをくみ取ったのか、頷き、ならばお見舞いも今後はお断りしましょうと言った。

 確かに、アニス達が乗り込んでくる可能性もあるしな……まぁ、三人で仲を深める事に夢中だろうけど。王子の事なんて課金アイテムで好感度あげようとしか思ってなさそう。


『そうだ。そのゲームの話を教えてもらえないかな?』


 宰相に指示を出し、今後の計画を決めながら、王子は器用に俺へと話かけてくる。

 ……片手間で話す事ではないよな、なんて思えば、王子からもそうだね、と返ってきた。

 というか、アイの元へ帰りたい。……泣いてないだろうか、俺が居なくなって心配してそうだ。……そう考えたら伝達する手段もなくなる箝口令って邪魔じゃないか!?


『仲良き事は美しき事かな』

『からかうなー!』

『まぁ気持ちは分かるけど……今すべき事は、違法な売買の摘発だから』


 脳内で王子の放つ真剣な声色に、声を噤んだ。

 ……それが、アイを救う事にも繋がるならば、それが最優先になるのも理解している。そんな俺の心境をくみ取ったのか、王子は宰相にランデー公爵へのフォローも頼んでくれていた。








「少しおやすみ下さい。胃に優しいものも用意させましょう」


 従者の声に王子は頷き、起きたら話そうと伝えてきた。

 確かに昏睡状態というか……ずっと寝ていたのだから体調がまだ完全ではない。それでも最低限の指示は飛ばし、アニスを追い詰める段取りだけは起きてすぐに全て行った辺り、王族なんだろう。

 さすが英才教育。そんなものと縁もない俺的には、感嘆の声を上げる以外ない。

 王子の身体に居る為、眠っている間は、俺の視界も身体の自由も奪われている。まぁ、寝ているのだから当たり前といっちゃ当たり前なのだが……何だろう、この不自由感。

 身体という名の拘束具か。意識だけある状態という、何とも言えない不愉快感。


『あ、ごめんね。起きたよ』

『それは……助かる』


 体感時間にして5時間。実際に王子が時計を見た時は2時間くらいだったけれど……苦痛な時間は長く感じるってのは正解なんだなと、これからの生活に嫌気が刺す程だ。


『まぁ、そう言わずに。美味しいお茶とお菓子を用意するから』

『……それくらいなら……』

『大丈夫、嫌いなものを言ってくれたら手をつけないから』


 起きた王子は簡単に身支度をすると、お茶の準備を頼んでいた。

 共有とはいえ、味覚があるのは嬉しいし喜ばしいが、王子が食事した時に嫌いなものを口の中に入れられた時は思わず脳内で悲鳴をあげた。

 ……嬉しい事だけではないのだ。

 しかし、残す事はマナー違反なのだと言えば……手をつけなくても大丈夫なお菓子は安心できるというもの。

 本当の願いは、とっととこの身体から出たい事なのだが。


『…………』


 この件に関しては突っ込みも入らない程、絶賛スルーをする王子だ。こんちくしょう。


『そのゲームとやらで、皆が辿った道筋を教えて欲しい』


 真剣な声色が脳内に響く。……これって言って良いものなのか悩むところではあった。

 だって自分がゲームの中に居る人間で、既に未来が決まっていて、それを知らずに洗脳のような形を取らされていたというわけで……そこに自我はない。

 それどころか、自分がただの駒になったよう思えるではないが。


『まぁ……知りたいというなら教えるけど』


 そう思いながらも、現状に不満を抱いている俺は、八つ当たりの気持ちを含みつつ、知りたがったから教えたという言い訳も出来る状態に罪悪感も多少薄らいだ。


『罪悪感を感じる必要はないから。その方が対策もたてやすい』

『…………』


 人の感情までも読み取れるのか。

 どこまでも王子の方が上に居る現状は俺に対して不愉快な感情をもたらす。それも含めて全てを八つ当たりのように吐き出す事にした。


『情けない!』


 バンッ!!


 人払いをした部屋で一人紅茶を飲んでいた王子……という図の中、脳内だけで会話をしていた俺達だが、話を終えた瞬間、王子が脳内で叫び、我慢できなかったよう机を叩いた。


「何だその王太子は!国の事を考えているのか!?アデライトを処刑なんてしてみろ……ランデー公爵家がどう出るか!政治バランスに多大な影響を与え、最悪謀反という結果も……それに、他の貴族で力を持ちすぎる家も出てくる……その状態でアニスを婚約者だと!?国を立て直せると思っているのか!?」

『あなたの物語ですよー。王子ー。そして声に出てますー。』


 怒り心頭の王子に対し、思わず棒読みで突っ込みを入れてしまう。

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