第13話

 というか、根本的にゲームなら許せるけど、これリアルだからな?リアルなんだからな?現実って知ってるか、おい……。


「つっこみたいのに、認識されていない悲しみよ……」


 心の中でしか盛大に突っ込みを入れながらも、会話相手の居ない寂しさに黄昏る。

 既にこのまま監視するという事に飽きてというか、嫌気がさしてきた所に、ヒロインが立ち上がってからボソリと言った。


「っと……後で悪役令嬢が先に退場する場合の行動も考えないとだ」

「……は?」


 思わず、自分でも驚く程の低い声が出た。

 何そんな簡単に楽しそうな声で言えるんだ?


 ――こいつ、許せない。


 怒りとか憎しみとかより、人としての嫌悪感が襲う。


「小さい事も見逃したくないな」


 夜はお嬢様の所に戻るつもりだったけど、夜に出かける可能性もあるだろうし、こういうノートや呟きもしっかり監視した方が良いと思えてきた。

 むしろ、誰か人目がある所とか、学園みたいに二人コバンザメが付いているような所では攻略関係は出さないだろう。

 ……寝て起きたら、どうなるか分からないけど……。


「お嬢様の所に強制送還かなー……身体がないから寝なくても問題なさそうなら……寝ずに見張るか……?」


 暇だろな。

 絶対暇だろうな。

 そして寂しいだろうな。

 そう思うけれど、こいつは嫌いだ。許したくないという思いで突き動かされる。

 はまっていたゲームのヒロインが、こんな奴というのも嫌な要因の1つではあるだろう……。ゲームでやっている時は、ある意味こんな不愉快な奴等だとは思わなかったのに……。

 浮足立って楽しそうなヒロインの後を、睨みつけるようにして俺はずっと憑いて行った。









 ――怒りに任せて行動しても、ろくな事はない。


 二日程は頑張れた。頑張る事は出来た……が、そろそろ一週間。

 ヒロインのアニスに甘々な王子の側近ブルーノ・バアラ侯爵令息と、何が何でも守ると言う王子の護衛ルネ・オーリー子爵令息。誰が主なのか分かったもんじゃないな。

 というか、一週間も居たら、さすがに名前も覚えたわ……。いくらやってたと言っても、現実でこう向き合う感じになると微妙なんだよな~。そもそも名前だって細かく覚えてないし。

 発音的に覚えにくい。英語だって一夜漬けしないと赤点まっしぐらで、何とか単語問題で点数を稼いでいるところがあるんだ。


「しかし……ミニゲーム挟んでくれ……ゲームがしたい……」


 アニスの頭上でふわふわと浮かびながら、そんな事まで考えている。

 家でお菓子を作っていたかと思えば二人に差し入れをし、家で勉強していたかと思えば、ブルーノに褒めてもらう。家で剣の素振りをしていたと思えば、ルネに褒めてもらう。あとは街中をブラブラ。

 ……うん、二人ありきの生活だよな。

 王子はどうするんだ?いつ動くんだ?

 そろそろお供えが恋しい……。


「お嬢様ぁ……お菓子を恵んでくれ~……」

「そろそろね……多分ここだわ」


 俺が愚図ったタイミングで、アニスは手帳を開いてとある日付の所に大きな丸を書いて、場所の名前を書いていた。

 これ……まさか……。


「要素的に、ここに湧くわね。街中の様子的にも合ってる筈よ。殿下攻略には絶対、茉莉花の艶は欠かせないわ!」


 課金アイテムきたー!てか、そんな名前だったのか。

 というか、要素とか様子とか、そんなのまで完全把握してるのか……というか、どういう条件なんだ本当に!

 これ、愛に言ったら喜んで飛び跳ねて踊るだろうなぁ……なんて、もう会う事のない幼馴染をふと思い出してしまう。

 あいつ、必死に探していたからなぁ……課金出来るわけでもないのに、せめて販売場所に一度は行ってみたい!とか言って。


「あとは貢いでもらったプレゼントを売って、お金を用意しなきゃね」

「うわクズだ」


 どうせ聞こえないからと、心の声を思いっきり声に出して言ってやった。せめてそれくらいして、憂さ晴らししたい。

 日付や場所を覚えたし、そろそろお嬢様の所に帰ろう……と思ったが、アニスが風呂場へ行くのが見え、ピタリと止まる。

 うん、思春期少年ですからね。えぇ、どうせ認識されてないからね。でも……。


「やっぱ……ダメだ……」


 顔を真っ赤に染めて、その場にうずくまった。

 幽霊になってまで、覗くという第一歩を踏み出せない勇気よ。どうせ俺はヘタレだ。

 えぇ、どうせ彼女なんて居ませんでしたよ。側に居る女は、母か愛だけだったなー。

 そんな事を考えながら、俺はお嬢様の元へ戻った。


「…………」

「あの……お嬢様?」


 速攻でお嬢様の元に強制送還という手段を使って戻った俺は、日付と場所、ついでにアイテム名を報告したのだが……お嬢様は難しい顔をして、手を顎に当てて黙り込んでしまった。

 声をかけても返事がないけれど、お嬢様は帰ってきた俺に対してお供えをしてくれたので、手持無沙汰になる事もなく紅茶とお菓子をつまめる事が出来ている。

 ん~。娯楽や嗜好って本当に大事だな~。


「そうね……そうだわ……何故忘れていたのかしら……」


 お嬢様がポツリと呟いたので、クッキーを頬張ったまま俺は顔をあげてお嬢様の方を向いた。


「私もアイテムの販売場所を特定してみたいと色々調べていて……そうよ……そんな名前だったわ」


 お嬢様も前世で調べていた内容を思い出したのか。俺的には絶対無課金でしかしないから、調べてアイテム名までは見たかもしれないが、記憶する程ではなかった気がする。

 もっぱら調べていたのはミニゲームやクエストの事だ。


「場所も問題だけれど……そのアイテムの方が大問題よ……まさかゲーム内ではこうなってるなんて……」

「ん?」


 一人納得したように険しい顔をするお嬢様に、俺は首を傾げながら声をかけた。

 全くもって意味が分からない。

 いくら稀有だとしても、ゲームの中でヒロインが立ち入って手に入れる事が出来るアイテムなのだから、大問題とは?まさか、また何かシナリオが変わっている?


「あ、ごめんなさい」


 俺の頭に疑問符が湧き出て、既に脳がオーバーヒートしているのに気が付いたのか。

 一週間、ある意味で拷問を受けて生き地獄を味わって……いや、死んでるけど。やっと帰ってきたら脳みそ疑問符だらけって、そりゃないですわ。

 そんな気持ちが顔に出ていたのか、お嬢様は更に追加のお菓子と紅茶をお供えしてくれた。


「あざまーっす!」

「とりあえず食べながらで良いから聞いて……説明するから」


 俺はそれに頷いて答えるにとどめた。


 会話する事や食べたり飲んだり、更に言えば眠る事だってなくなった状態だと、今この瞬間が幸せ以外なにものでもない。もう幸せを嚙みしめるのが最優先!


「まず、場所なんだけど、そこは出入り禁止になっている所なの」


 思わず飲んでた紅茶を噴き出しそうになった。

 ヒロイン、行ってはいけない場所に行くゲームって何だそれ。いきなりのレッドカード展開じゃないか。


「その昔、人身売買があったり大量虐殺があったりした場所で、人が近寄らないし、周辺にまともな人は住まないから治安も良くないの」


 思った以上の言葉に、俺は食べるのも忘れて口をあけて呆然とした。

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