第10話
何か方法はないのか。そう考えながらも、その日はお嬢様の体調を優先して休む事に決めた。
次の日も、考えた所で答えが見つかるわけもなく、ゲームのシナリオを読み漁った。どこか他にゲームと矛盾が生じていない所がないか、記憶を必死に手繰り寄せて調べたが、見つける事が出来ず。
……お陰で夜中の鍛錬と言わんばかりに、ストレス解消で身体を動かすお嬢様に憑きあわされた俺よ……。
遠く離れていてもヒロインの所へ行こうと思えば行けるのだろうかと頑張ってみたが、それは無理だった。あぁ、お嬢様から逃げたかったんだよ、こんちくしょう……。
「ちょっと聞いた?」
「あれ……見てよ堂々と」
「図々しいわね」
翌朝、学園へ行けば、周囲がお嬢様の方を見ては声を潜めて何かを囁き合っている。軽蔑、憎悪の感情を込めた周囲の目が突き刺さる。
お嬢様も少し小首を傾げるも、そのまま堂々と教室までの道を歩いていくが、道行く人々は見事に道を開けては陰口を叩く。
とてつもなく気分が悪い。そして居心地も悪い。
「……何だ?」
こんなあからさまな周囲の態度を今まで見た事がなかった俺は、お嬢様の後ろを憑きながら周囲を見回す。誰もかれもがお嬢様を遠巻きにこちらを見て陰口を叩くような異様な雰囲気。現代でのいじめという風景を思い出す。
「大逆罪」
ポツリと誰かが呟いた言葉が、耳に入った。
お嬢様の耳にも入ったのか、ハッとした顔で声の方向へ振り返れば、その辺りに居た人達はスッと視線を反らし、散り散りとなった。
「どういう事だ?」
「……王族に危害を加えたって事よ……」
遠巻きにされている為、他の者に聞こえない程の小さな声でお嬢様が言った。
お嬢様が大逆罪?どういう事だ?
全くもって意味が分からず、頭に疑問符を浮かべながら、俺はお嬢様から離れられる範囲ギリギリまで離れ、周囲にいる人間の陰口に耳を澄ます。
「ランデー公爵令嬢、よくあんな堂々と……」
「殿下を階段から突き落としたんでしょう?」
「未だ昏睡状態だと言うのに……」
「殺しかけたも同然じゃない!」
「よくもそんな事を……」
……は?お嬢様が王子を階段から突き落とした?
思わず呆気に取られ、俺はそのまま身体を動かす事も忘れ、お嬢様に引きずられるような形で後方から憑いて行く。
その間にも耳に入るのは、同じような噂だ。
どういう事だ?
そう思った瞬間、とある人物が脳裏に浮かんだ。
「まさか……ヒロインが動いた?」
俺の言葉にお嬢様の肩がピクリと動いた。
退場してもらうと言っていた……しかし、ここでとある疑問を抱く。
どうして王子は昏睡状態なのか?俺はそれを聞くのをスッカリ忘れていた。
お嬢様に憑きながら、周囲の情報を耳に入れていく。そのどれもこれもが同じものだった。
「どうして王子が昏睡状態なんだ?というか、今までの生きてきた経緯を聞いても?」
邸についてからそう切り出した俺に、お嬢様は少し嫌そうな顔をしたが、すぐに切り替えて机の引き出しから一冊のノートを取り出した。
「これが日記だけど……あまり人に見せたくはないわよね」
そりゃそうだ。日記なんて人に見せるものではない。てか俺だって、もし日記を書いてたとして、それを見られたら……うん、恥ずか死ねる。
しかし、こっちも現状を細かい所まで把握しないと……お嬢様が危ないんじゃないか?そう思って、俺も話を切り出した。
「流れてる噂だけど、お嬢様が王子を階段から突き落として殺しかけたってなってるぞ」
「そんな!それじゃ不敬罪どころか大逆罪じゃない!」
お嬢様は真っ青になって、椅子から立ち上がり俺の方へ詰め寄った。
「そんな……それこそ処刑……しかもお家断絶まっしぐらじゃない……」
「だからこそ、王子が何故そんな状況になったのか知りたい。そして、そんな噂を流したのはタイミング的にみてヒロインだろうと思う」
俺の予測に、お嬢様は頷いた。
王子が昏睡状態へ陥ったタイミングではなく、今こんな噂が流れるなんて、ヒロインがお嬢様を退場させようという意思で行われたとしか思えないのだ。
「……何から話していけば良いのかな……」
お嬢様は日記を開きながら、ポツリポツリと話し出した。
うっすらと、ここではない場所の記憶があったお嬢様は、物心ついた時にはこの世界での生活に違和感を感じていたそうだ。
第一王子と出会った時は、何故か分からないけれど泣いた程だと言う。
ゲームでのシナリオであれば、悪役令嬢であるお嬢様が王子に一目ぼれして婚約が結ばれた……という設定だった筈だが、お嬢様が泣いた事で既にシナリオとは変わっていた。
だけれど、婚約は王家の方から結ばれた。やはり王族と婚約を結ぶのであれば高位貴族である程良いといった所だろう。
どうしてか仲良くしたくない、悪い予感がする。好きになってはいけない。そんな予感が胸いっぱいに広がっていたが、お嬢様自身その頃の記憶はあまりないらしい。
「一応、日記はつけていたみたいだけど……淑女の嗜みとして当然の事だったかしらね」
「そもそも幼い頃の事を鮮明に覚えている方が珍しいかと」
俺だって十歳までの記憶を鮮明に覚えているのかと言われれば微妙だ。それなりに印象深い事は記憶しているけれど、それだけだと思う。
「まぁ、これが前世の記憶だとハッキリ確信出来たのは学園に入学した時ね」
溜息をついたお嬢様は、一口紅茶を口に含むと続けた。
王子は何故か立太子していないまま学園へ入学し、ヒロインと出会った。それまで付かず離れずといった所だが、お互い嫌いあう要素もなく、そしてお嬢様は王子への恋心はなく、友人のような関係で進んでいっていたのに……。
「どんどん嫌われていったわ」
「……」
これが強制力なのか。
この世界に生まれて十年以上。前世の記憶を鮮明に思い出せと言われても、流石に遠い昔になっている。その中でも必死に手繰り寄せた記憶の中、お嬢様は王子やヒロインとは極力合わず、距離を置いて生活しつつも婚約者として最低限の役目は果たしていたそうだ。……家の為に。
お貴族様って面倒くさいのな。既にお家とか血筋とか、残す必要性がない家柄な俺的には本当面倒くさい以外に言いようがない。
そして、嫉妬もなければ嫌がらせもしていない。むしろ王子のフォローをしつつ、二人の邪魔をしないようにしていても、存在しているのが悪いのかと言わんばかりに、会えば睨みつけられたり無視されたりと嫌われていった。
「疑問にしか思えない……何もしていない事がむしろ悪かったのかと」
「いや、でもこの場合は何をしても悪くなるんじゃないか?」
「強制力と言ってしまえば、それまでよね……」
何もしてなくとも憎悪に満ちた目で見られるのであれば、変に婚約解消を申し出ても、下手に二人を応援する事を言ったとしても、悪手にしかならないように見える。
本当に謎だ。強制力としか言いようがない。
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