第9話
「どうなってんのよ!!」
既に廊下から倉庫と化している、行き止まり通路にある一番奥の部屋、密室イベントに使われるそこから声が響いてきた。
「……ヒロインの声?」
何か聞いた事ある声だなと思い、心当たりのある人物を呟けば、お嬢様が静かに頷く。
ガシャン!バン!!と、何かを叩くような壊すような音が聞こえ、思わずビクリと身体を揺らしたお嬢様は、扉近くにあった箱の影へと身をひそめた。
「なかなか立太子はしないし!悪役令嬢は虐めもしてこないじゃない!ただでさえ王太子ルートは難しいっていうのに!」
何かを壊す音と共に、そんな声が聞こえ、俺とお嬢様は顔を見合わせた。
「今だったら王太子とデートイベントがあるのに!昏睡状態って何!?こんなシナリオ、ゲームにはなかった!」
「……転生者?」
まさか……と言った言葉がポツリと出た。お嬢様の方を見れば、口を開けて目を見開いている。
「同じ……」
お嬢様の身体が震える。他にも……と思ったが、ヒロインまでもが転生者だとは。それこそ本当に小説の世界かと言いたくなる。
「処刑さえされないのであれば、ゲーム通り進んでもらっても良いのに……」
お嬢様がポツリと呟く。
……確かに。追放に備えて毎日鍛えてますもんねぇ。それに付き合わされる可哀そうな俺よ……。
と思いつつ、口に出さない。明日の朝、走り込みを倍にされたらたまったもんじゃない。実は一度、俺があまりにうるさく、ストレスが溜まったらしく、思いっきり走り込みをされたのだ。……あの地獄は忘れない。
「あーもう!リセットボタンはないのかしら!」
怒鳴るような声は、誰も通らない部屋から通路へ丸聞こえだ。何かに八つ当たりするのは止めたのか、物音はしなくなったが、何か物騒な事を言っている。
「……いや、完全にゲームだと思ってる?これ現実だろ」
「あの……生きてるんですけど?私達」
VRでもない限り、現実です。てかVRだとして、五感はないだろ。と俺が呟けば、お嬢様はため息をつきながら、残念ながら五感はあるのよねと言った。
うん、お嬢様は現実でない方が良いもんな。
「もう、悪役令嬢として役に立たないアデライトには、いっそ退場してもらえば良いかしら」
「え」
ヒロインの言葉に、アデライトの顔が青くなる。
「そうね!そうだわ!もうとっとと退場してもらえば良いんだわ!リセットボタンがないのなら、少しくらいルートを先送りしても良いわよね」
名案!と言いたげに、ヒロインの声が高くなる。そのまま軽快な足取りがドアの方へ近づいてきた為、つい俺までも箱の影に身をひそめてしまう。お嬢様は真っ青な顔をして身体を震わせたまま、その場で静かに固まっている。
ヒロインが扉を開けて部屋から出ていき、そのまま足音も聞こえず姿が見えなくなってから、どれだけ経っただろう。呆然としているお嬢様にかける言葉が見つからず、しばらく俺も様子を見ていたのだが……。
「それは嫌……」
絞り出したような声が、お嬢様から発せられた。
「嫌よ……ここはゲームじゃなく、現実なのに!そんな簡単に……っ!」
「いや、ちょっと落ち着け?」
悲しみの中、どこか憎悪を含んだような瞳で、お嬢様が俺に訴える。けれど、今は感情に呑まれたところで……そもそも、現状すらほとんど把握していない俺だったりする。
ヒロインまでも転生者なのであれば……色々と考える事も出てくるだろう。
「まずは現状と……ゲームの知識をすり合わせた方が……」
「そうね……」
前世の記憶があまりないというお嬢様は、以前見たメモが必死に手繰り寄せた記憶の記録だろう。俺としても本編はほとんどやってないようなものだけど……。
とりあえず、邸に帰ってから話し合おうという事で、帰路についた。
◇
「王太子が立太子していない事と、昏睡状態になっている事……か」
「ゲームでの違いと言えば、その2つね。婚約の回避は出来なかったし……」
「まー政略結婚なら、そういうものでは?」
「……気が付けば親が決めてきていたわ……」
ゲームと異なる点は、この2つのみ。
お嬢様が書いたメモの山を前に、ゲームの内容をすり合わせていったが、メモと違う部分は異なる点のみだった。お嬢様よ……前世の記憶が曖昧といっても、ゲーム内容だけは必死に思い出したのか、と思わざるおえない。
ゲームは、他のゲームと大差ないストーリーだったりする。
政略的に婚約を結ばれた第一王子と公爵令嬢。第一王子は立太子し、王太子となる。側近と護衛が居て、常に3人行動だ。
学園へ入るとヒロインに惹かれていく3人。ヒロインは3人の中でルートを選ぶ。側近なら勉強したり、護衛なら剣術を習ったり……王太子は特にそういうのがなかったんだよな……難関ルートでもあったし。
今はちょうど学園生活真っただ中。
婚約破棄からの処刑もしくは追放と言ったイベントが始まるのは卒業パーティで、まだ先の話だ。
「ここからの退場……?」
「既に悪役令嬢としての噂は流れてるわ……」
退場させるにも、公爵家の令嬢だ。難しいのではないかと眉をひそめれば、まさかの言葉がお嬢様から放たれた。何そのリーチ。次でビンゴ!とでも言わんばかりの悲壮さよ。
「私に殿下への気持ちはなかったし、邪魔もしてないけれど、いつの間にか嫉妬してヒロインに嫌がらせをする令嬢という噂は流れたわ……接点を持たないようにしていたのに……」
どこか悔やむような声でお嬢様は目を伏せた。きっと一人で色々抗ってきたんだろう事は分かる。
「これが俗にいう強制力という事か?」
「強制力があるのに立太子しないというのは……?」
「ん~」
考えれば考える程、思考の沼にはまっていく。婚約に対し強制力が働いたとして、立太子にも強制力が働いて当たり前だろう。そうじゃなければヒロインのシンデレラストーリーは成立しないのだから。
「更に言うなれば、殿下が昏睡状態という退場状態になる事もおかしいと思うの……」
「だからセットで悪役令嬢も退場という処置か?」
ヒロインの思考を読むつもりで、ポツリと呟いた俺の言葉に、お嬢様は真っ青になって震え出した。
「……処刑以外でも、私が死ぬ場合もある……のね」
ただでさえ決められた処刑ルートに抗おうとしていた所に、突如現れた見えない未来に向かっているという恐怖心を抱くお嬢様に、俺はかける言葉がなかった。
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