第4話

 まぁ、向こうにそんな気はないし、俺の事は認識していないのは理解してはいるものの複雑だ。同意もなしに、いきなり女子の部屋に押し込まれたようなもんなのだから。

 アデライト公爵令嬢は、侍女の声を無視して自室なのだろう部屋はシンプルで広く、ソファやテーブル、机やベッドまである。所々置かれている調度品は高いのだろう事が見ただけで分かる。

 うん、確か公爵って地位が高かったもんな。そりゃそうなるわな。

 女子の部屋をジロジロ眺めるのは失礼にあたるだろう……だけれど、中世風な部屋な為、どこかの美術館に居るような気分にしかならない。


 ガサガサッ!バンッ!


 高そうな机の引き出しを乱暴に開け、中から高そうな紙の束を取り出したかと思えば、それも乱暴に扱う。


「あーあ……」


 所詮、庶民の俺からしたら、もう何やってんだとしか思えない。

 俺が生身の人間として転生し、あんな高価そうな物に囲まれていたら、それが普通になって俺も乱雑に扱うようになるのだろうか。

 アデライト公爵令嬢も、転生者だとは思うんだけど……。ただ、どこの国のどの時代なのかは分からない。


「こんなルートなかったはず……おかしい……分岐点は何だったの!?」


 頭をかかえ、紙の束を漁ったり、新しく何かを書き始めたりと、アデライト公爵令嬢は忙しそうだ。

 興味本位で、そのメモの束を覗き込む。どうせ分からないだろうと思っていたのもあるのだけれど、そこに書かれていたのは……。


「……日本語?」


 自分が使っていた文字の羅列が目に入る。

 思わず本棚の方へ目をやり、タイトルだけ読もうとするも、それは文字というより線や点が描かれている記号の羅列にしか思えず、全く読めない。


「……え?……日本人?」


 少し丸っぽい癖のある文字に、忘れかけていた寂しさが募る……。しかし、一枚のメモが視界に入り、俺は目を見開いた。


「……攻略?」


 色んな分岐点と、それに伴うエンディングだと思われるメモ。


「……ゲーム……か」


 小説や漫画だったら、分岐点なんてない。それがあるのはゲームならではだろう。

 興味を持って読み進めていると、冷や汗の流れる感覚がした。……幽霊が冷や汗をかくのかは分からないけれど。


「……あれ?これ知ってる?……」


 そのストーリーは、死ぬ寸前までやっていた、友達に教えてもらったゲームに似ている。

 教えてくれたのは小学生の時に仲良くなった千堂愛という女の子で、ゲームが好きという事で今でも仲が良かった。所謂幼馴染というやつだ。高校も同じ所だし……。

 スマホで出来るというゲームは、乙女ゲームというやつで、男がやるもんじゃないだろ!と最初は抵抗していたのが懐かしい。しかし、やってみると意外にハマった。

 好感度を上げるのがレベル上げのように思えて、しかも上げ方が国を救うクエストをクリアしたり、戦ったりというのもあったからだ。まぁ、普通に選択肢や手作りのお菓子とかもあったが……。

 そして満載のミニゲーム!乙女ゲームのわりに攻略が難しく、クエストの難易度も高かったせいか、やってみてから男ユーザーも意外と多い事を知った。

 その乙女ゲームと、今この世界が同じ……?


「だから見た事あるような気がしたのか……?」


 まじまじとアデライト公爵令嬢を眺める。

 所詮、二次元と三次元の違いなのか、完全に同じというわけではないのだろう。だからこそ、見た事があるレベルで止まってしまったのか……いや、でも、そもそもが違う。

 アデライト公爵令嬢は地味な色を持っているが、それを派手にするかのように豪華な髪飾りをふんだんに使ったヘアメイクをしていた。

 ヒロインは自視点になる為、容姿とかはある程度変えられるし……うん、気づきにくい。攻略男に至っては覚えてすらいない。記憶のほとんどはクエストに費やしていた。


「あーもう分からない……」


 アデライト公爵令嬢は書く手を止めると、机に突っ伏した。

 その手元を覗くと、王太子殿下の攻略ルートが少ししか書かれていない。

 確か、愛も王太子ルートの攻略が出来ないと嘆いていた気がする。攻略サイトでも王太子ルートは難しいとされていた。どうやら課金で好感度を上げるアイテムを購入するとかあったけれど、そのアイテムの販売場所がなかなか特定出来ないとか……。

 アデライト公爵令嬢はペンで自分の丸っこくて可愛らし女子特融の字を黒く塗りつぶしていく。


「てか……これ転生者確定だろ……」

「え?誰?」

「えっ?」


 思わず出した声に、何故かアデライト公爵令嬢が反応した。

 アデライト公爵令嬢がキョロキョロしながら声の主を探すかのように顔を振る。

 そして……俺と目が合った……ような気がした瞬間。


「きゃぁああああああ!!???」


 いきなりアデライト公爵令嬢から悲鳴があがった。その視線はしっかりと俺を捉えている。

 え?なんで?

 まさか見えてる?


「いや、あの……これはっ」

「どこから入ったの!?この変態!」


 声も聞こえてる!?

 思わず狼狽え、両手を顔の横で左右に振るしかない俺と、パニックに陥ったのか、椅子から滑り落ちて腰を抜かしているアデライト公爵令嬢。


「お嬢様!?どうしました!?」


 悲鳴を聞きつけて、メイドの恰好をした女の人と、その後ろには帯剣した騎士っぽい男の人がやってきた。

 腰を抜かしているアデライト公爵令嬢を見つけたメイドは、慌ててかけよってアデライト公爵令嬢の身を支え、騎士の人は部屋の中を厳しい目で一瞥するも、しっかりとアデライト公爵令嬢へ意識は向けている。


「ふ……不審者が!」

「い……いや、違う!」


 アデライト公爵令嬢が震えながら俺の方を指さしてくる為、俺は思わず後ずさる。ひ弱男子なめんなよ!こんな屈強な騎士とやりあったら、絶対骨折れる!……いや、死んでんだっけ?

 恐る恐る、メイドや騎士の方へ目を向けると、二人はアデライト公爵令嬢が指さした先を見つめるも、眉間に皺を寄せている。


「……お嬢様?」

「そこに何が?」


 相変わらず鋭い視線で周囲を見渡す騎士だが、メイドの方は小首を傾げながらアデライト公爵令嬢に視線を向けた。


「あ、見えてないのか」


 ホッとした俺は安堵の息を吐く。

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