第3話
「悪役令嬢の末路はどうなるの……」
もう一度、部屋から脱出するのを試みようと、隣を通り過ぎた時に、そんな声が聞こえた。
男達から責められている、この令嬢はやはり悪役令嬢なのか……地味だけど。まぁ、それなりに刺繍が多い服を着ているという事は豪華なのかもしれない……現代では着物ですらプリントされた柄になってた気がするけど。確か刺繍の着物は高いとか、ばーさんが言ってたような。
そう考えると高いのかもな、なんて思うも、真っ青な顔した悪役令嬢につい見入ってしまった。
俺的には幽霊で、現実ではない話だが……今こうして転生した人にとって、今この状態は現実なんだよなー。俺には関係ないけど。
「どっちが、かわいそうなんだろうなぁ」
当たり前のように独り呟く。この声が誰かに届けば良いのに。なんて少しの希望を乗せながら、幽霊として居る自分と、結末が決まっているだろう生きている悪役令嬢と、マシなのはどちらだろうかと考えた。
まぁ、考えてもそれは個人によって違う事で。そんな事を思ったとしても現状は変わらないわけで。
「どうでも良いか…………んっ!?」
扉に向かおうとし、まだ距離が数歩あるにも関わらず、俺の足は進まなくなった。
「え?なんで?どして??」
さっきより扉に近づけなくなった俺は小さなパニックを起こす。
今の間で変わった事と言えば!?もしや俺消える!?いやもう消えても良いんだけど!?いやでも心残りもクソもないけど、いきなり消えるとかあるなら怖いなぁ!?
「ランデー公爵令嬢、いつまで此処に居る気だ」
「……しかし、私は殿下の婚約者として……」
「殿下が愛しているのは、アニス嬢だ。名だけの婚約者に付き添われるより、アニス嬢に居てもらう方が殿下も喜ぶだろう」
じたばたともがいている間に、男の一人が悪役令嬢に冷たい声で射るように話しかけた。
気丈に振舞っているだろう公爵令嬢と呼ばれた悪役令嬢は、少し歯を食いしばっているようだ。てか、公爵令嬢が悪役令嬢で殿下の婚約者かー。テンプレすぎる……いやしかしだな。
「そういう修羅場は俺の居ないとこでやってくれー!!」
どうあがいても逃げられない俺は、テンプレ通りの言い争いを聞く事になるようだ。
どうやら悪役令嬢らしき女はアデライト・ランデー公爵令嬢で、ずっと泣いているヒロインだろう女はアニスという名前らしい。
そして、そこで寝てるのが殿下と呼ばれる人……つまりは王族なのだろう。丁寧な言葉でアデライトに突っかかっているのは殿下の側近、ブルーノ・バアラ侯爵令息。
もう一人、少し粗暴な男は殿下の護衛をしているルネ・オーリー子爵令息と。
「はぁあああ……」
思わずため息が出る。
こんな場面に誰が出くわしたいものか。むしろ出くわすだけならまだ良い。覗きどころか堂々とその場に居る状況よ。……認識はされていないけど。
何とか逃げ出したいと四苦八苦したが、扉に近づく事が叶わず、精神面だけがゴリゴリ削られていくだけだ……。
いや、もうほんと、何これ!?
「……分かりましたわ……」
どうやら昏睡状態に陥った殿下の傍に、婚約者として顔を出しただけのアデライト公爵令嬢だが、側近と護衛の男二人に責められ、退室する事を決めたようだ。
……むしろ、婚約者と言う地位にある方を優先すべきとまでは言わなくとも、それなりの対応ってあるんじゃないか?
まぁ恋人が付き添ってくれるのは嬉しいとしても、婚約者としての義務というか責任があると思うんだけどなぁ。うまくいってないにしても、責め立てて追い出す必要性よ……。
「失礼いたします」
そう言ってアデライト公爵令嬢はカーテシーらしきものをした。
「おぉっ!これがカーテシーか!」
なんて、小さな事で少し感動をした。テレビでしか見た事なかったし、あれで頭が揺れないとか、どれだけ足腰強いんだ……いや、大幹か?分からん。
そしてアデライト公爵令嬢が部屋を出て行くと……。
「んっ!?」
俺の身体も、そっちへ引っ張られるように部屋から出た。
「えっ!?」
部屋から出る事が出来た!と喜び、その場で立ち止まろうとしたが、何故かグイグイと身体は引っ張られていく。というか、感覚的には引きずられているようだ。自分の意思とは関係なく。
「なんで!?」
引っ張られる先を見ると、先ほど部屋を出たアデライト公爵令嬢が歩いている。
ある一定の間隔を開けて、ずっとアデライト公爵令嬢に引きずられているようだ。もう、これは自分の意思でなくとも後をつけているストーカーかと自己嫌悪に陥りたくなる。
何とか現状から打破しようと動きまくったが、結局離れる事が出来ず、そのまま城の外まで案内されるかのように出てきた。
「……いや、もういっそ風船……」
肉体がないと言っても疲れ切った俺は、幼い子が風船を手に持って歩いている風景を思い浮かべながら、どうしようも出来ないし、所詮幽霊なんだから風船でも似たようなものだろうと開き直る事にした。
うん、もう知らん。
「急いで帰りましょう」
諦めきった俺とは正反対に、アデライト公爵令嬢は焦った声を御者に向けている。
追い出されただけで、そんな急ぐ事があるのか?
チラリと城の方を見るも、誰かが追いかけてきている様子もない。
「しかし……何か見た事ある気がするんだよなぁ」
離れる事が出来ない為、同じ馬車の中に居るわけだが……アデライト公爵令嬢の顔を見ていても、なかなか記憶を引っ張り出せない。でも、どこか引っかかる。
何とも言えない、むずがゆさに、思い出そうと頑張るも、そう簡単に記憶が蘇ってくるわけでもなく……。気が付けば邸に到着したのであろう、馬車が止まり、アデライト公爵令嬢が飛び出すように下りて行った。
……勿論、俺もそれに引きずられる。
痛みがないのは、ありがたい……のだろうか。生身の人間ならむち打ちになってそうだ。
――離れたい。
切実に願っている間に、俺はアデライト公爵令嬢に部屋へ連れ込まれる形となった。
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