第2話

「死んだ……のか?」


 ポツリと言葉にして吐き出すと、実感するかのように鳥肌がたった。否、幽霊に鳥肌があるのか分からないけれど。


「異世界転生ってやつか……?いや、転生してねーし」


 両手で顔を覆い、その場へしゃがみ込むかのような恰好になる。

 全くの別世界。今小説とかで流行っている異世界と言って良いだろう。かと言っても、転生チートとか、そういう転生じゃなく、まさかの学ランでしかも幽霊。

 挙句、誰にも存在を気が付いてもらえない上に、知っている人が居ない孤独感。


「は……はは……」


 乾いた笑いが口からこぼれる。

 絶望のような、悲しみのような……そして、どこかもう諦めきったかのような。色んな感情が渦巻いて、いっそ正気を失いたいと思えた。

 いっそ、泣き叫ぶ事が出来れば、少しはすっきりするんじゃないかと思えるが、感情がそこまで揺らがない。もう、どうせ自分は死んでいる。そう思ったら、あがく気力すら沸き上がってこないのだ。


「……どうせなら、元居た世界で幽霊やらせてくれよ……」


 こんな知らない世界で、どうして幽霊になってるんだよと。


「あー……でも、親が泣いてる姿とか見たくないかも」


 少し自虐的な笑みが漏れる。

 親より先に死んだとなれば、悲しむだろう。何だかんだと大事にされていたとは思うし、生活で不自由した事はない。共働きな両親に、少し寂しさを感じた事はあるけれど、今こうなってみれば感謝の気持ちしか湧き起らない。

 ……生きてる時は、あれだけ喧嘩をしたりもしたのに。


「見たくない……けど」


 ――会いたい。


 言葉の代わりに涙がこぼれ落ちたように感じた。

 両親だけじゃない……友達も、知り合いも、みんな元居た世界に居るのだ。例え自分の声が届かないとしても、姿が見えないとしても……会いたい。

 死んでから、こんな知らない奴等しか居ない孤独感をどうして味わわないといけないのか。


 ――悔しい。


「俺が何したってんだ……」


 行き場のない怒りが沸き起こる。怒ったところでどうなるのかも分からない。

 元の世界に戻ったところで死んでいるならば……どうしろってんだ。


「どうして貴女がここに……っ」

「うるさい!」

「どうしてお前こそ、ここに来たんだ!」


 一人で途方に暮れている間に、誰かが部屋に入ってきたようで、呟くような声を発したかと思えば、男二人の喧嘩腰な声が響いた。


「うわぁああああんっ」

「大丈夫だよ、アニス」

「君のせいじゃないから」


 ずっと泣いてたオレンジ髪の女が、更に泣き声を発すると、男二人はさっきと打って変わった優しい声で慰めに入る。


「は?」


 何の茶番だ、と思う。本当に流行りの異世界物みたいだな、と思いながら、先ほど部屋に入ってきた女を見る。

 茶髪に赤茶目をした、少し地味そうな感じで、いわゆる悪役令嬢!というイメージでもなさそうだ。

 向こうも、いかにもヒロイン!という感じではなさそうだけど……。


「どこかで見た事ある気がする……?」


 そう思いながら、修羅場に立ち会う気がない俺は部屋から出ようと扉に向かった。

 いつもの習慣、いつも当たり前として行う事。それはもう無意識の中でやっている事で……。


 スカッ。


 ドアノブに手をかけた時、俺の手はそれを掴む事すら出来ず、宙を舞った。


「はは……」


 自嘲気味な笑みが漏れる。

 こんな所でも自分が幽霊なんだと忘れるなと言われているように感じて、肩を落とした。もう、ため息すら出ない。そんな気力すら湧かない。

 このまま扉をすり抜けるか。なんて、変な思考回路が生まれる。

 いや、変ではないのか?幽霊なら当たり前なのか?

 そんな意味不明な事を考えつつ、もしかしたらぶつかるかもと思わず目を瞑りながら扉に向かうと、寸前で何かに引っ張られる感覚がした。


「?」


 それ以上足を踏み出そうとしても、引き戻される感覚に、眉間に皺を寄せて考える。

 ……考えても分からないけれど。ぶつかるかもしれない覚悟を返せ。

 これ以上進まないのならばと部屋に引き返し、ツボのような物に触れようとすれば、見事に通り抜ける。落ちなくて良かった、と心のどこかで安堵しつつ、落ちてくれたら誰か自分の存在に気が付いてくれたかもしれないのにという悲しみが覆う。

 もしかして、と一縷の望みをかけて男二人の肩に手をかけても、見事にすり抜けるだけだ。


「仕方ないだろ」


 気が付いてもらえないからと言って、状況が変わるわけでもないし、ここにいつまでも居るというのも何か嫌だった。

 扉だから開けないと出られないとか?そんな変な仕様が幽霊にあるのか?

 周囲をもう一度見回すと、大きな窓が見えた。その先はバルコニーに繋がっているようだ。


「ドアも無理なら窓は……?」


 窓に近づき手をかけると、見事にすり抜けてバルコニーに出る事が出来た。


「おぉ……お?」


 感動の後に、思わず疑問が溢れる。

 扉だけが通り抜けられない理由は何なのだろうか。


「まぁ良いか」


 飛べるか試す度胸は死んでいるからと言って、ない。むしろ落ちて死んだのだ。あんな浮遊感もう二度とごめんではある。……まぁ浮いてるけど。浮けるけど。

 バルコニーの先は絶景かな、どれだけの高さにある部屋なのかと思える程だ。

 ちょっと下を覗いてみようとバルコニーの端に行こうとしたら……。


「ん?」


 また、引っ張られる感覚がして、それ以上進めず、俺は眉間に皺をよせる。

 どれだけ手足を動かしても、ふんばっても、それ以上歩みを進める事が出来ないのだ。むしろ力を入れれば入れる程、戻れと言わんばかりに引き寄せられる感覚が強くなる。


「おい!いつまで居る!」

「しかし……私は殿下の……っ!」

「愛されているとでも思っているのか!?」


 中では、まだ怒鳴りあっているのだろう。

 うわ~修羅場嫌だなーと思いながら振り向くと、一人責められている女が悔しそうな……しかしどこか悲痛を帯びた顔をしている。

 本当に見た事ある顔だけど、悪役令嬢っぽくない容姿だよなと、近くに寄って眺めていると、ポツリと小さく呟いた。


「……シナリオが……」


 ……シナリオ!?

 まさか、本当にここはゲームか小説の世界で、転生者って奴か!?


「なーんてな」


 それこそ本当に今流行りの小説にでも入り込んだのかとさえ思える。

 しかも幽霊として。

 そんな事はこれっぽっちも望んでいない俺としては、正直興味がない。否、全くないという事ではない。同じ日本人なのかとか、生きてた時代は同じなのか等、気になる事は色々あるけれど、意思疎通する術がない以上、ただ俺の孤独感が増すだけな気がした。

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