第5話

 いきなり不審者だ捕まえろと言われても困る。自分の意思じゃないのに、理不尽すぎるだろ。


「え……学ラン……?」


 人が来た事により落ち着いたのか、俺の姿をマジマジと見つめたアデライト公爵令嬢は、そんな事を口にした。

 うん、確かに俺が今来ているのは学ランだ。というか、やはりアデライト公爵令嬢は日本を知っている。


「学ラン……とは?」


 呟いた言葉をしっかり拾い、メイドが訊ねると、何でもないの!とアデライト公爵令嬢がまたも焦る。


「どうやら寝ぼけていたみたい!ごめんなさいね」

「何かあったら、すぐ知らせて下さい」

「お嬢様……ご無理はいけませんよ」


 アデライトの声で、退室する二人。メイドの方に至っては別の方向で心底アデライトの事を心配そうにしている。

 いや、まぁ寝ぼけていると言っても白昼夢みたいな事を言い出す程に疲れてるってなれば、無理やりにでも寝かせたいくらいだろうなぁ。

 そんな事を考えていると、二人が退室したのを確認したアデライト公爵令嬢が口を開いた。


「……貴方、誰?」


 その視線は、しっかり俺へと向けられていて、目と目が交わる。

 あ……認識してもらった。

 今までの孤独を思えば、喜ぶ気持ちも沸いてくる。


「え!?見える!?本当に見える!?声も聞こえる!」

「シーッ!静かにしてください!他の人に気づかれたら……」

「いや、見えないし聞こえない……」


 言っていて、自分で落ち込む。

 居るのに無視されるのって、あんな感じなのかとか。誰とも話せないって、こんな気持ちになるのかとか、一生知りたくなかった事を十分体験させてもらった。一日にも満たない時間だけど、もうしたくない。


「着ているものは……学ランですよね……?」

「その文字、日本語だよね?」


 おそるおそると言った様子で訊ねるアデライト公爵令嬢に、こちらも念の為確認のように訊ねる。


「日本人なんですか?」

「アデライト公爵令嬢こそ」

「…………そこはランデー公爵令嬢と言うところなんですけど……」

「そんな知識はない」


 ずっと頭の中で呼んでいたが、どうやら呼び方が違うらしい。日本式で言うなら苗字に敬称をつけるのがランデー公爵令嬢という言い方で、アデライト公爵令嬢だと名前に敬称をつけてるようなものになる。

 あ、うん。初対面の女子にそんな呼び方しないわ。

 無知って恥ずかしいな!

 項垂れる俺に、ランデー公爵令嬢はクスリと微笑んだ。


「どうせ周りに声が聞こえないのであれば、お好きに呼んでもらっても良いですよ」

「……じゃあ、お嬢様で」

「……何か凄く他人行儀な上に嫌味を感じますが」


 それは仕方ない。これ以上、恥ずかしい思いをしたくないのだ。

 思春期男子として恥ずかしさだけでなく、やっと話せる相手が出来たというのに、無作法を見せて嫌われるのも怖い。

 離れられない以上、お互い嫌いにならないように気を付けようと思って何が悪い!

 ジーッと、疑問符を浮かべたようにこちらを見るお嬢様に、少し申し訳なさを感じてしまい、顔を少し背けて答える。


「……この世界に慣れてから考える……」

「?そう言えば……転生……ではないのですか?」


 生身ではなく幽霊で。しかも学ランを着ている、死んだ時の姿そのまま。

 お嬢様の疑問符は更に増えたようで、とりあえずお互いの話をして整理しようと言う事になった。

 お供え、した方が良いですか?なんて言うお嬢様に、酷く胸が痛んだが、お供えしてもらったら幽霊でも食べられるのは本当だろうかと口にすれば、お嬢様は少し多めのお菓子と紅茶のカップを二人分頼んだ。

 メイドの恰好をした者が一瞬、疑惑の目を向けたが、二種類の紅茶をお嬢様が頼んだ事から、納得したようだった。

 うん……どんだけ飲むんだって思われてそうだけどな。お嬢様。


 お供えをしてもらった事で、目の前に自分と同じ幽体のような感じで浮かび上がった紅茶やお菓子。

 それで自分も紅茶やお菓子が食べられる事を知った俺だが、味は感じるような気がする……程度で、満腹感はない。そういえば空腹感もないが……。

 しっかり味わっているのに、本来おかれている紅茶やお菓子は減っていない……何とも奇妙な感覚だ。思わず食欲も失せる。


「それで……えぇっと……貴方は……」

「斗真。佐伯斗真」

「えっと……斗真様は……」

「様!?」


 躊躇うようなお嬢様の言葉に、そういえば名乗っていなかったと思い、フルネームを答えるが、慣れない敬称をつけて返された。

 思わず顔が熱くほてった感じもするが、むずがゆさもある。一般人な高校生男児が、様付けで呼ばれる事なんてあるわけない!アブノーマルな性癖もないしな!


「えぇっと……」

「斗真で良い!斗真で!」

「斗真……君?」

「……それで良い」


 当たり前のような呼び方だが、お嬢様が慣れない感じで照れていた為、こちらもつられて照れてしまう。こういった世界で、君付け呼びとは、あまり聞いた事がないような気もする。しかし呼び捨てにするのも躊躇われたという事なのかと思う事にしよう、うん。

 ……呼び方ひとつで、色々違いがあるんだなぁ、なんて思う。


「実は俺、歩道橋から落ちて、目が覚めたらここで幽霊やってるんだよね」

「えぇ!?」


 サラッと言ってみたけれど、お嬢様が思いのほか驚いて声を上げた。

 うん、そういうリアクションされると何か物悲しくなってくる……。気にしないようにと思っても、現状、どうしようもない感が漂っている。

 死んだって事?

 どうしてこの世界に?

 色んな疑問をお嬢様が口にするも、それに対する答えを俺は持ち合わせていない。

 俺こそ聞きたいわ!と思うも、わかんねぇとぶっきらぼうに答えるしかなく、それに気が付いたお嬢様が少し気まずそうに俯き、涙を浮かべて申し訳なさそうにした。


「……ごめんなさい。一番戸惑ってるのは斗真君だよね……」


 うっ。

 そう言われて、そんな表情をされては、何となく罪悪感が刺激されて俺の心が痛んだ。

 何となく視線を合わせる事が躊躇われて、いや……と小さく声を出すしか出来ない。

 沈黙が気まずく、どうしようと考えていれば、お嬢様が先にそれを破ってくれた。


「実は私ね……前世の記憶があると言っても、うろ覚えなの……」


 ポツリ……と話し出した言葉に、俺は前世の事なら仕方ないんじゃないかと思ったが、お嬢様の表情に物悲しさが見えた。

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