第7話
幽霊は陽キャより陰キャに憑く……とかいう話を聞いた事あるが……何故か今の俺は無性に納得した。うん、出来れば陰キャ希望。てか陰キャが良い。陰キャじゃなきゃ嫌だ。
「城でベッドに寝てたのが王太子、側に居たのがヒロイン……か」
「そして側近と護衛ね。王太子含めて篭絡されたようなものなんだけど……」
「王太子が昏睡状態に陥るストーリーは誰のルートでもなかったな」
俺の言葉に、お嬢様は頷いて答える。
あれがヒロインか……あっちに憑りついてても泣き声がうるさそうだし、俺ぶりっ子とか嫌いだしなー。そして護衛もお嬢様みたいにうるさそうだけれど、男だからこそ更に上をいきそうだな。側近に至っては……書類の山とかで頭が痛くなりそうだな。
そう考えると、憑りついたような相手がお嬢様で良かったのかもしれない……。
「婚約回避は出来なかったんだけど……何故か王太子殿下は、この世界では立太子していないのよ」
「……へ?」
「王太子という位には誰もおらず、未だに第一王子という位なのよ……」
他は大体シナリオ通りに進んでいたのだけど……と、更に声を落としてお嬢様は言った。
今まで、シナリオ回避に奮闘していたのだろう、身体が少し震えている。一人最悪な未来を知って、それを回避する為に動くのも孤独なんだろうなぁという思考は過るものの、どれだけ過酷なのかは想像もつかない。
「お。あれが学園か」
馬車の窓からゲームで見た事のある景色が見えた。
「……楽しそうね」
「いや、あのゲームの中と考えたら……」
俺の様子に、呆れたようにお嬢様はため息を吐いた。
いや、もう自分の現状を嘆きたい気持ちもあるけれど、嘆いたところで仕方ない……と気持ちを切り替えたわけでもないが、やはりゲームの世界が目の前にあると思えば少しは心も弾むというものだ。
◇
「ここが……3次元でのゲーム世界!」
「……」
「本当に降り立つと既視感というよりは、建築様式に感動するなー……ゲーム視点だと若干俯瞰だったりするしな」
「……」
馬車を降りてから、ずっと感動を言葉にしている俺と違い、お嬢様は顔色1つ変えず、黙々と歩き続けている。ただ、真っすぐ教室へ向かうというよりは、中庭の方へ少し立ち寄ったりしてくれる辺り、日本人独特のおもてなしというか気遣いだろう。おかげで俺は色々と見る事が出来て感動しているのだが、正直、お嬢様と離れる事が出来たら、もっと色んな所を見られるのにと思ったりした。
だって、退屈じゃね?何を書いてるか分からない教科書やノートのようなものを使った授業中、ただ認識されずそこに浮いてるだけの俺。
教室から出られないかな、なんて思ってウロウロしましたさ。まぁ、無理だったわけだけれど。
最終的にはお嬢様の隣で、少しでも文字が分かるようになるかなーなんて思って、一緒に教科書らしきものを眺めていた。
……うん、退屈だ。ここまで退屈じゃなかったら、勉強なんてしないと断言できる。生きてる頃の俺はゲームばっかしていたしなぁ。
俺が究極の暇を体験しているのが分かったのか、お嬢様が日本語で何かを書き始めた。
――学校が終わったら街へ下りてみる?
「行く!!」
嬉しい申し出に、思わず声を張り上げて返事をしてしまい、ハッとして口に手をあてる。しかしお嬢様は何事もなかったように微動だにしてない。
流石、貴族の教育……ゲームや小説の通りだと言うのか……と、変な所で感心してしまう。
◇
「流石に、うるさいです……」
「すいません……」
現世ならば放課後と呼ばれる時間、馬車に乗り込んだお嬢様は開口一番そう言い放った。
一人暮らしになると寂しさやストレスから独り言が多くなると言うけれど、こういう事なのだろうか。……まだ高校生と若い筈なのに、メンタル面は一気に老け込んだ感じがする。幽体だからこそ余計に。
「表情を変えず悟らせない教育は受けてますが……授業内容が聞こえません」
「ますます申し訳ないです!」
くっそ真面目だな!と内心思いつつも、とんでもなく邪魔をしている自分がいたたまれなくなる。
離れる事が出来るのならば、もう少しお互い楽になるのに……なんて思いながら馬車の外に目をやると、街並みが見えてきた。
「おぉおお」
思わず感嘆の声をあげた俺に、お嬢様は少し溜息をつきつつも口元を綻ばせた。
「……街中でも、私は話せませんからね……せめて小声で囁く程度です」
「お嬢様が変人に見られるもんなぁ」
俺の言葉にお嬢様が少し睨みつけるような目で見て来た。
お嬢様が睨みつけてきた所で、こちらは街並みを堪能する事が何より優先だ。
お嬢様に憑いて街歩きをしたり……ゲーム画面に出されていた噴水がある広場へ行ったり……行ってみれば聖地巡礼か!
「ゲームの世界が間近に!」
「少し違和感はあるかもしれませんが……」
ボソリとお嬢様も声に出した。確かに2次元と3次元では全く違う感じがする。どれだけ精工に作られていても、画面の中は所詮画面の中なのだろう。
目の前にある本当の景色は、同じようで違うのだ。
「これがゲームと現実の違いか……」
「……今はそんな事より楽しみませんか?」
思わず俺が口にした言葉で、お嬢様は悲しそうな表情を見せる。
ゲームは作り物で、今は現実で……シナリオの選択肢を間違えば最悪な未来が待っているお嬢様。そこに現実として身を置いてしまうのも、どうなんだろうか。
……幽霊として、ここに居る俺もどうかと思うが。
「いっそスチルを集めたい……いや、でも食べ物も気になるな……俺でも楽しめるような娯楽はないのか……」
俺の呟きに少し口元を緩めたお嬢様は、行ける範囲で街中デートに使われた場所へ行き、美味しそうな食べ物を買い込んでくれた。あとでお供えしますね、という言葉と共に。
……ていうか、買った物の中に娯楽品がない辺り、俺でも楽しめるようなものは思い当たらなかったという事だろうか……。そうだろうな……。
色んな所を二人で回って、お嬢様が俺に話しかける時は人があまり居ない場所に行って小声で呟いたりして、この世界を満喫した。
「そろそろ帰ろう!お供え!お供えー!」
「そうですね、疲れました。……聖地巡礼のように楽しんだのは生まれて初めて」
慣れない人混みに疲れただろうお嬢様へ、気遣うように声をかける。いや、気遣ったと言っても本心を口に出しただけだが、お嬢様も本心だろう言葉を後半でポツリと呟いた。
確かに、悪役令嬢に転生なんて気が気じゃないだろう。むしろ楽しむ気持ちがあって生きる事が出来たのだろうか。
「……悪役令嬢じゃなければ……せめて、ただのモブなら、楽しめたのかもしれないのに……」
悲しそうに呟くお嬢様に、ふと背後を振り返って街並みを見る。
大勢の人間が溢れかえっている。
「……これだけの人が居て、元日本から来た人って、俺達だけなんだろうか……」
俺のそんな呟きに、お嬢様はハッとしたように顔をあげる。
しかし、この街での人口や日本の人口を考えると、俺がお嬢様と会えた事は奇跡に近いのかもしれない。
そんな事を呟けば、お嬢様も呟くように、奇跡ではなく必然だったら良いのに、と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。