第26話
目が覚めた時、俺はこの身体が俺のものとして馴染んでいる事に気が付いた。
……違和感が、一切ない。
鏡を見ても、これが自分の姿なんだと思う。
記憶もあって、身体を動かせて……ただ、フッといきなり佐伯斗真の記憶が蘇ったかのようで……幽霊で居た記憶がなければ、俺自身も転生者だと思う程だ。
――そして、今日はアイと面会する日だ。
「ご無沙汰しております。殿下」
アイが綺麗なカーテシーで挨拶をする。カーテシーがどういうものかはテレビで見た事はあっても、俺の記憶だけでは、どれが美しいのかなんて分からなかった。しかし、王子の記憶がある今、芸術作品の価値を理解したかのよう、このカーテシーがどれだけ素晴らしいものなのか分かる。
「まぁ、座って」
「失礼いたします」
最低限、人払いを済ませた応接室。とても婚約者同士語り合う場……という雰囲気ではない。
そして、アイの表情は、分かりにくいけれども悲しそうだ。化粧で隠していると言っても、目の下にクマが出来ているし、腫れているのも分かる。
多分、それは四六時中アイに憑きっきりだった俺だからこそ分かるんだろうけど……。いや、何それストーカーっぽい?
「殿下?お話とは」
心配でアイの方を見ていたら、話し始めない俺に対してアイの方から言葉をかけてきた。
「あぁ……先日の件なんだが……ブルーノは側近から外し、ルネも護衛から外した。アニスに関しては、国の法に乗っ取って処罰される」
簡潔に必要最低限の事を伝えたのだが、アイはこちらを伺うようにジッと見つめ、話の内容はスルーしているかのように見える。
「……」
「……」
会話が続かない……。俺の言葉に対し、特に何かを聞いてくるわけでもなければ、ジッと俺の様子を伺うアイに、俺が視線を反らしてしまいそうになる。
え?何で?どうして?
一応、ここは喜ぶところじゃないの?もう退場とか言われる事もないし、アイの悪い噂だって、事実無根である事が証明された話はすぐに広まる。
(あ……不仲な婚約者だったか)
つい忘れてしまっていたが、洗脳のようなものにかかっていたと、自分の口からハッキリとアイに伝えていなかった事を思い出す。
簡単にアイの父親へフォローがてらの説明は入っているだろうが、どこまでアイに伝わっているのかも分からないのだ。
それに、断罪ルートは婚約破棄の条件が必ずあったような……?いや、そもそも婚約破棄は全てのルートにおいて決定事項だった気がする。あそこは分岐のないシナリオだ。
「アニスの事だが……」
名前を出した瞬間、ビクリと身体を震わせたアイに、優しい声で説明をする。
言い訳のようになるかもしれない。けれど、話さなければいけない。
俺は洗脳のような感じで自分の意思で動けなくなっていた事や、アデライトとの関係を悪く思っているわけではない事も全て伝えた。
相変わらず、真偽を確かめるかのように俺を伺っているアイに緊張は走るけれど……きちんとストーリーから解放されていると知って欲しい。
アイの不安をなくす為に。
(だけど、何か話を聞いてなさそうだな)
上の空、心ここにあらず。というワケではないだろうが、話を真剣に聞いているという風には見えない。俺の表情に全集中しているようだ。
「……婚約の話なんだけど……」
ビクリと、先ほど以上にアイは身を震わせ、その表情は真っ青を通り越して白くなった。
……いや、本当に話聞いてた?
それとも信じてない?
「アデライトとの婚約を解消するつもりはないのだが……信用はないかもしれないけれど……」
恐る恐る言ってみれば、アイはポカンと口を開けて呆けている。おい、そこの淑女。その顔が淑女としてあり得ないのは、この世界での知識を持った俺は分かるぞ。
なんて思いながらも、可愛いなと思って見てしまうわけだが。……あんまり無表情すぎでも、無愛想だなって思うよな。前世では、そういう子にどう話しかけて良いか分からなかったし。
「……アデライト?」
カタカタと怯えるように身体を震わせ、返事がないアイに焦りを覚える。
え!?何で怯えてるの!?喜ばないの!?
そこまでして、この王子嫌いって事!?でも断れないから嫌って事!?もう信用は取り戻せないって!?
確かに、一度崩れてしまった信用を取り戻すのは難しいと思うし、裏切った相手を信用するとか、まずありえない。……洗脳の話が本当だとしても。
「いや、まぁ婚約の話は気にしなくていいし!嫌なら断ってくれていいから!アイの好きにしていいから!不敬とか言わないし!」
焦った俺は早口でまくしたてた。その言葉に驚いたようにバッとアイは顔をあげた。
まぁ、公爵の許可なく公爵令嬢が好きに出来る事はないと思うけれど、これはアイの本意にのっとりたい。
「もうヒロインは捕まったし、ゲームとは違う展開で、ストーリーからは解放されてるから、そこまで怯えず安心してほしい。むしろ喜んでいいところかと!」
もうアイを縛るものも、アイを不安にさせるものもないんだと。
俺の言葉に目を見開くアイの身体は、もう震えておらず、俺は安堵の息を少しもらして、やっと気を抜いた。
「……斗真?」
「ん?」
そう……気を抜いていた。
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