04 友達と校門前でじゃれあい
無事にセンター試験が終わった。
手ごたえは上々で、自己採点の結果も自分ではよくできたほう。
だが、完全に受かったという自信もなければ、落ちたという落胆もない。いい出来だったからからこそのモヤモヤタイムだ。
そんな国立大学の一般入試の準備期間中の、ある日の放課後。
学校で勉強をしていた明人は友人に誘われ、気分転換がてらに剣道部の稽古場に顔を出すことに。
3年生が受験に集中するために引退して、半年が経っている。当たり前といえばそうだが後輩が部長を務めている。けたたましく指示を飛ばしている姿に、引退した明人らは後輩の昔の姿と比べて微笑ましい気分になった。
そして、顧問に挨拶をして特に先輩風を吹かせることも無く稽古場を後にした。
「あ、雪……」
「とうとう降りやがったな、悪魔め」
校門から外へでると、白くぼやけたものがパラパラと上から下へ。
手を出してみると、乗っかり、溶けて、消えた。
「《憎き白い結晶》は今年も降っちゃうのかあ」
「何人の受験生を苦しめるんだろうなぁ」
「ね」
時期的にも降ってもおかしくないが、受験生にとっては足を"滑らす"大敵だ。
そんな雪のことを彼らは親しみと憎しみを込めて《憎き白い結晶》と呼んでいる。
「夜になったら積もるかな……」と手を合わせて息を吹き込む。
「かもなー、降り方がちょっと不安だ」
体の大きな青年はネックウォーマーに大きな顔を沈めた。
「積もったらさ、雪合戦とかして遊ぶ?」
なんて言う小柄な青年は、他二人と異なり防寒具を身に着けていない。
子どもっぽい、という言葉をそのまま人に当てはめたようなその姿。けれど、女子の前で意味もなくポケットに手を突っ込むのはやはり青年のそれ。
話したこともなければ名前も知らない後輩の女子生徒を目で追いかけると、再び明人らに目を戻した。
「で、雪合戦する?」
二度目の問いかけに明人と大柄の青年は肩を竦めた。
「僕はいいかな。
「俺もパス」
「じゃあ俊助だけだ」
「お前ら、合戦、って知ってるか?」
俊助が白い息を吐きながら呆れたように口を尖らせる。
合戦の意味をつらつらと悠人が喋りだした一方で明人は腕時計に目をやって。
「俊助がそこまで言うなら今日の夜に公園にでも集まる?」
「マジで止めとけって、風邪ひくし、最悪
「あ」
「あっ」
明人と俊助の視線が大きな体の悠人に向けられ、ニヤァとからかうように口端が上がった。
「はい今言ったァ!
「てめぇ、明人コラァッ!
校門前でわいやわいやと追いかけっこの始まり。
それを遠目に見つめる帰宅部と校門に立っている教員が白い目で見つめるがお構いなし。
悠人が明人に怒ったのは、受験生の中で「滑る」と言った人が受験に"滑る"という言い伝えがあるからだ。もちろん、それでからかうのは受験生にとってはタブー。
だが、中学校からの付き合いの三人の間ならば冗談だと受け流すことができる。
「ごめんって、それ以上頭叩かれちゃうと馬鹿になっちゃうよ」
「お前剣道部だろうが。安心しろ、これくらいでバカになるなら、お前はもうバカになってる」
「これ以上バカになるって意味でしょ――」
溜めて振り下ろされた手刀を両手で挟んだが、力づくで押し切られて結局頭にヒット。
「――ってぇ!?」
「何言ってんだ、頭良いクセに」
「いたた……みんな言うじゃんそれ、中の下だよ。まだまだ上には上がいるから頑張らないといけない」
「……
「全国偏差値じゃまだまだだよ」
「……ひねくれ者だなお前は」
「今さら知ったのか。俺は知ってた……が……」
俊助は言葉半ばで後輩の可愛いに目を奪われて途中で口を開けたまま沈黙。
その頭にも悠人は手刀を食らわし、二人はいがみ合いながらの追いかけっこが再開。
その様子を眺めながら明人は考え込むように目線を下げた。
明人の学内偏差値は高い。でも一番になれてない。全国の偏差値では「自分は頭がいいですよ」と言えない中途半端な所にいる。
自分がしたい道の先駆者の元で勉強をして、そこで実績を積む。
まずはそこがスタートだ。そのスタートに立つための大学受験で、その前段階の偏差値だ。
だから、そんな場所で頓挫していていい訳はない。
(ぼくは、ぼくが1番になれるような器じゃないのは知っている)
だけど、今いるところで満足をしてはいけない。
周りからの評価が高くても、結果が伴わないと意味が無い。
(兄である僕が頑張らないと……家族の負担が増える)
しばらく会話をして歩いていくと、いつもの交差点に着いた。
「じゃあね、悠人。俊助」
「あぁ、またな」
「雪合戦は無しだからな。分かってんな?」
「知ってるって」
その場所で二人と別れた明人は、家にまっすぐ帰ることにした。
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