32 お亡くなりになってます
「ますたー? ど、どうしました?」
顔を覗き込んできたエリルに虚ろげな目を向ける。
「佳奈は……妹はどうなったんですか……?」
「妹さん?」
「僕が殺された時……多分、佳奈も顔を覗かせた。逃げれてない。多分、いや、絶対……」
あの時、薄れていく意識の中で佳奈の声が聞こえた。
辿れる記憶を辿ってみるが、殺された時の痛みや衝撃ぼんやりとしか覚えれてない。
「佳奈だけじゃない。僕がいなくなった世界は……」
バイトのシフト、家賃、銀行の貯蓄してた口座もそうだ。
僕は向こうの世界で死んだことになってるということは──……だめだ、頭が回らない。
「妹さんの名前なんですけど……もしかして、平野佳奈、という名前ですか?」
「そう! そうです。平野佳奈! 髪の毛はそこまで長くなくて、短くて、ボーイッシュな感じの」
「頑張り屋さんで兄の作るご飯が好きで、でも部屋の掃除ができないとかなんとかって」
「うん、うん。そう、それ! 佳奈はオムライスが好きなんだ。母さんの作った料理よりおいしいって言ってくれて」
「あぁ! はいはい! あの時に見た名前で正しいようですね」
ほっと胸をなでおろした。
エリルはどこかで仕入れた情報を元に話をしてくれているのだと感じた。その雰囲気は神妙ではなく、先程までと同じように少女らしいものだった。
だから、安心したのだ。
「それで、佳奈はどうしてる……とかって」
「平野佳奈さんなら亡くなってますよ?」
「…………なく、なってる」
さも当然のように言われた言葉に僕は理解が及んでいない。
「……なく、なってる?」
おそらく神様っていうものは人間の生き死にの関心が薄いんだろうと前々から思っていた。
何億人もいるのだから重く受け止める必要がないのだろうと。
だけど、それを目の前にするとこうまで混乱をしてしまうとは。
「佳奈が死んだ?」
やがて理解が及ぶと、ストンと腰が落ちて泣き出しそうになってしまった。
「……なん、で?」
僕がいなくなったから? 生活が苦しくなったから? 交通事故で? もしかして自殺?
考えがつくことを上げていけど、哀しさと妹を守れなかったという現実がヒシヒシと胸内に罪悪感を植え付けていく。
「あっ、言葉足らずですみません。亡くなって、転生されてます!」
「……?」
その言葉を聞き、ゆるりと顔を上げた。
「転生、してる……ってなんだっけ」
「地球でお亡くなりになって、こちらの世界にやってきているってことです! 妹さんがこの世界にいるんですよ!!」
「この世界に、いる?」
その言葉を真っ白の頭に色付けるために、何度も繰り返し呟いた。
「このせかいに……」
同じ時期の転生者がいる。佳奈は地球では死んでいて。その死んだ後に魂はこっちの世界に――……
そうか、だって、あの状況で僕が転生したのだから妹が転生しないわけがない。
頭で理解したところでぶわっと感情が溢れ始め、その次に涙が溢れ出てきて、一切合切が止まらなくなってしまった。
「佳奈がこの世界に来ている……? 本当に?」
「本当に!」
「本当……?」
「本当ですっ!」
「妹が」
「かなさんが」
「この世界に」
「来ているんですっ!!」
「エリルっ」
「ますたーっ」
掛け合いをしていると段々と気分が上がってきて、二人して大きな声で「わーい!!」と諸手を上げて万歳を繰り返した。
「それで、元の世界のことは全員に記憶の操作が行われていて」
「あぁ! いいよ、いい。佳奈がいない世界に未練なんてないよ。それで、佳奈はどこにいるの? 見当たらないんだけど」
「多分そんな離れた場所にはいないと思うんですけど……場所までは分からないです」
「だったら探しに行かないと!」
立ち上がろうとすると、エリルが袖をぐいと引っ張って「ダメです」と一言。
「ダメって……」
こんな状況で何ふざけているんだ、と思っていたが、真剣なその目を見るとヒートアップしかけていた気分が落ち着くのを感じた。
緩やかに腰を下ろしていく中、エリルは手の平の上に何かを出しながらこう言った。
ますたーの力では無理です、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます