33 最弱の転生者



「なっ……だ、これ」

 

 エリルの手の平の上に浮かんでいたのは、この世界にやって来る前に神様がいた【白の部屋】と呼ばれる場所で自分の能力値を設定していた時のものだった。

 その名もステータスボード。

 ステータスだがなんだかとか突然言い出したもんだから、隣にいた観測者にステータス関係は全部任せておいた。分からないままするより知ってそうな人に頼むのが適当だろうと。

 最終的な結果がどうなったのかは僕自身も知らなかったのだが、その内容は驚愕も驚愕の内容だった。


 もちろん、悪い意味で。


 

 ────◇◇◇────

 

 名前:クラディス・ヘイ・アルジェント

 レベル:1

 種族:亜人

 称号

 ユニークスキル:魔素操作、魔素理解、魔導理解、早期習熟、言語理解、神運


 スキル:未収得


 ステータス

 strength:1

 Intelligence:1

 Agility:1


 Dステータス

 魔法攻撃Ⅰ

 魔法防御Ⅰ

 物理攻撃Ⅰ

 物理防御Ⅰ

 総合耐性Ⅰ


 ────◇◇◇────

  

 軽く説明を受けたが、このユニークスキルにあるスキル達は戦闘では使えないスキルばかりらしい。それに……スキル未習得って……。

 とまれ、最初なのだから戦闘に使えるスキルがなくても仕方ない。

 ゲームの世界だったらレベルが上がれば戦闘スキルを覚えていくものだし……との見通しだったのだが。


「初めて見たときは驚きましたよ。全部のステータスが1だなんて、初期値ですよ、初期値」


 こう改めて言われると、不安になってくるというものだ。


「初期値って……ダメなの?」


「ん~……ダメではないんですけど、まぁ、個性的ですねとしか」


 ぼくは自分じゃなんのことだか分からずに、初めたあったばかりの人に自分の運命を左右する数値振りを任せた。

 このひとは僕よりも詳しいだろうという思惑のまま。

 だが、それがどのような結果になったとしても、僕が口を出すことはできない。ステータスというのは振りなおすことができないらしい。


(これ、僕、大変な状況なんじゃ……)


 知識がないから【大変】という言葉で誤魔化しているが『力強さ』や『賢さ』が低いということなのではないのか。

 そう考えて、はっ、と頭を上げた。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、このステータスってとっても弱い……とか」


「ええ、最弱です。紛うこと無き最弱です。《最弱の転生者》という称号があるのならば、ほしいままにするでしょう」


 最弱。最も弱い。誰よりも弱い、誰にも勝てない。

 最弱という言葉の衝撃で身動きが取れずにいると、エリルの言葉は続き。


「スキルがない。レベルも1。ステータスも1。あるのは戦闘に使用できないパッシブのユニークスキルだけ! こんな状態で妹さんを探しに行くなんて、木の棒を持って魔王を倒しに行くよりも難しい話です」


 どんがらガッシャーんと雷が落ちた。

 あぁ、気を失いそうだ。座ったまま頭を抱えた。


「やっちゃいましたね……ますたー。他人にステータス設定を頼む人なんて多分史上初ですよ」


 苦笑いを浮かべるエリルの言葉がグサグサと軽率な僕の行動を咎め、肩をゆっくりと下げさせていく。

 今の僕の顔は捨てられた子犬のような顔になっているに違いない。

 

「弱いから、探しにいくには危険すぎる?」


 その言葉にコクリと頷かれた。


「でも、近くにはいるんでしょ?」


 その言葉にもコクリと頷かれて「多分」と付け足された。


「それでもダメなの?」


 大きく頷かれ、魂が抜けたように木に背をもたれた。


「そんなに僕のステータスって弱いんだ……」


「魔物と遭遇したら一発で死んでしまいますね。でも、ハードモードなますたーと違って妹さんのほうは転生者らしいステータスをしてると思いますので、心配することなんかないですよ!」


 熱弁するエリルをチラと見て、目を伏せた。

 転生者らしいステータスを持ってるから、妹は大丈夫だから、心配することはない。


「……違うよ。違う。違うさ。ステータスとかは関係ない。兄だから守りたいんだ」


 別に、佳奈のことを「弱いから」って理由で守ってるんじゃない。

 もう、家族は失いたくない。

 母親と父親の靴がない玄関に見慣れるなんてしたくない。

 だから、唯一の家族である妹を大切にしたかったんだ。


「佳奈までいなくなったら、僕は……」


「好きなことをしていいんですよ」


「……?」


 顔を上げると、エリルが手鏡を持ってニコリと笑っていた。

 といっても、僕は自分の顔を見て一瞬誰か分からなかった。

 20年間ほど付き合ってきた自分の顔はそこにはなかったからだ。

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