19 先は、相変わらず暗いままだ



 自分がどうしたらいいのかが分からなかった。

 親がいない私達兄妹はどうやって生きていけばいいのか。

 何をしたらいいのか。だれを頼ればいいのか……と。


 今、私には兄さんしかいない。

 優しく、賢く、何でも要領よくこなす兄しか私にはいない。


 今日、兄さんの部屋に行くといなくて……消えちゃったんじゃないかって思ってすごく不安になった。

 頼れる人が今度こそ誰もいなくなったんだと思った。


(……でも、兄さんは私の元へと帰ってきてくれた)


 とても嬉しかった。

 兄さんは私を捨てたりしないんだって思った。


「僕たちの将来の事をちょっとね」


 だけど、私は……兄さんにそんな顔をしてほしかったわけじゃない。

 前のかっこ良い兄さんみたいに……笑ってほしかった。

 そんな、力のない笑顔は向けないでほしかった。


 兄さんが抱えていることを私にも話してほしい。

 そして、一緒に解決をしたかった。


「佳奈は僕が責任もって、ちゃんと学校に行かせる」

 

 ――それは、本当に大事なことなの?


「僕は時間があるから、その時間を使ってバイトしてさ。佳奈と会う時間は短くなるけど……まぁ、それは仕方ないっていうか」


 ――なんで、兄さんだけに辛い思いをさせないといけないの?


「高校の友達も佳奈ならすぐできるよ。僕と違って元気だし、昔から友達作るの早かったじゃん」


 ――私は、本当はそんな人間じゃないの。もっと、めんどくさい性格してて……。実は根暗だし、色々深く考えちゃう性格だし……何より、友達より兄さんの方が……。


「だから、佳奈。兄ちゃんが支えるから、今後のことも何も心配しなくてもいいからね」


「私は……っ! 違う……違うの兄さん、兄さんだけ一人頑張らせるのは嫌なの! そうだ、私も学校やめて働くから、そんな一人で……」


「ダメだよ」


 兄さんの口から出てきた否定の言葉を聞いて、声が詰まった。


「それだけはダメだ。あれだけ勉強を頑張ってたんだから……をするのは僕だけでいい。兄ちゃんのことは気にしなくてもいいんだよ」


 兄さんはあまり強い言葉を言う人じゃない。のに、突っぱねるような言葉に私は体が縫い留められたように止まってしまった。

 いつも私がしたいことをやらせてくれていたし、その選択を母さんや父さんよりも尊重してくれて、一番応援をしてくれていた。

 その言葉を言うのに、どれほどまでの覚悟と勇気が必要だったのか私には理解し得ない。


 だけど、やっぱり……。

 ううん、薄々気が付いてはいたんだ。

 ただ、私は目を背けていた。


(……兄さんは大学進学を辞めたんだ)


 胸が締め付けられた。止まった涙がまた込み上げてきた。


「私なんか……いなかったら良かった……?」


「そんなわけないだろ、佳奈は大事な妹だよ」


「でも、私がいるせいで……兄さんに迷惑かけて……っ」


「妹がかける迷惑の一つや二つを背負えない兄じゃないさ。そんな兄なら、そっちの方がいない方がいい」


 視界が潤む私の頭を、兄さんは笑いながら撫でてくれた。


「これから少しの間は忙しくなるけど……佳奈も頑張ってね」


 これ以上、私が何を言ったとしても意見は曲がらないのだろう。

 それなら兄がしてくれることを全部受け止めて、兄の期待に応えれるように私も頑張ろう。

 だけど――


「……うん」


 先は相変わらず、暗いままだ。

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