08 妹と合格発表を見に行き



 大学前のバスを降りると合格発表日ということもあり、混雑しているのがよく分かる。

 乗ってきたバスも人が満員で、明人の同年代ほどの人とその保護者のような人ばかりが目に入った。


「佳奈、はぐれないようにね」


「う……うん」


 佳奈が服を掴み、明人はバス停から校門を抜けて歩いていった。

 広いキャンパスだ。合格発表している場所は受験に来た際の記憶を辿れば何となく分かるが、それに行くまでの道のりをうろ覚え程度しか覚えていない。

 キョロキョロと見回してみると、人が向かっている方向と戻ってきている方向が重なっている所があった。


(……この人たちについて行けば着くかな?)


 見かけた集団に着いて行くことにして、しばらく歩くと棟に挟まれている開けた空間に着いた。

 その場所には既に人だかりができていて、様々な声が聞こえてきている。


「あそこっぽい」


「う、うん。兄さんの番号は?」


「えーと、さっきスマホで確認したから……1547だね」


「1547……わかった」


 2人で番号を確認して、人だかりの中に入っていった。

 広場の掲示板に張り出された、合格番号が印字されている4枚の大きな張り紙。

 その前にいる人だかりが段々と横にはけていく。


 泣いて膝から崩れ落ちている子。

 喜んで友人と抱き合っている子。

 泣きながら保護者に連れられ帰って行く子。

 少し歩いていくと、人だかりの中にスマホを片手に愕然と立ち尽くしている子もいた。


 高校入学あるいは、中学校からこの大学に合格するための準備する子もいる。この張り紙に書かれていない番号の子も一概に能力が低いと切り捨てることは出来ない。

 受験は残酷で『学生の戦争』と比喩されることもある。好ましくない表現であるのに間違いはない、ないが……、なるほど、人生の岐路に立つという点においては合っているのかもしれない。


 目に入ってくる情報、耳から聞こえてくる情報。それらを含め、明人はそう思った。

 そして、明人にも文字が見える距離にまで近づいた。

 数字が上二桁で整列されていて、細かく印字されているので注意深く目を走らせていく。


「『1547……47……7』」


 自分の番号を見つけるために、上からずっと目を下ろしていく。


 ――『1524』『1531』『1540』『1544』――


 すると、ある番号にピタッと目線が止まり釘付けになった。


「……え」


 何度も何度もその数字を読み返し、自分のスマホを開いて番号を何度も見返してみる。




 ――『1547』――




 何度繰り返し見ても張り紙にある数字と、スマホの中に入っている数字が一緒だと確信を得るのに時間を要した。

 いや、時間を要したと過去形のように言っても、明人の頭が完全に今の状況を理解しているわけではない。

 だが、その文字を見つけて唖然とするように半開きになっていた口から言葉が零れるように落ちた。


「あった……」


 佳奈が手を震わせながらその数字を指さす。

 そして、隣で目が釘付けになっている兄の方を向いて涙を流した。

 

「兄さん……あった! あったよ!! 『1547』!!」


「うん……あった……あった……!」


「おめでとう!! 兄さん!!」

 

 感極まって張り紙前で抱き合った。

 その瞬間、自分の苦労がスっと浄化されるような感覚がした。

 高校一年生から準備を始めた大学の受験勉強。学費、実家から通える距離、教わりたい分野で行きたい大学を決定してからは、学校と塾と家で勉強の毎日。

 参考書を何度も読み返し、わからない所を学校の先生に聞きに行き、さらに理解を深めるために友人に教えて不十分なところを見つけて分かるまで繰り返し解いた。


(通過点だって知ってるけど……今日は、喜んでいいよね……?)


 そのまま数秒は佳奈と抱き合ったが、冷静を取り戻すと段々と嬉しさよりも恥ずかしさが勝った。

 それに、張り紙の前で人目を気にせずにする行為ではないと思い、少し離れたベンチまで歩いて腰を下ろした。


「佳奈ごめんね、付き合ってくれて」


「ううん。兄さんも私のやつに来てくれたんだもん、それに毎日頑張ってるの見てたから! 兄さんなら絶対いける!! って思ってたんだ!」


「そっか……お前は優しいなあ~」


 目をキラキラさせて褒めてくれる。

 もちろん悪い気はしない。鼻息が荒くなるまで興奮した佳奈の頭を宥めるように撫でた。


「佳奈もおめでとう。これで、一先ずは安心だね」


「うん! 絶対母さんも父さんも帰ってきて褒めてくれるよ! 兄さんの姿を毎日近くで見てたんだもん!」


「……だといいね」


「絶対喜んでくれるって――っ!!」


「うぐっ!?」


 がばっと抱き着いてきた佳奈の体を引きはがそうとするが、中々に引きはがすことができない。

 喜んでくれる気持ちは嬉しいが、周りをはばりたい気持ちが交錯して、結局は佳奈の感情の爆発が落ち着くまで苦笑いで過ごすことになった。

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