26 どん底に差し込む一筋の光
家に帰ると佳奈は既に帰宅していた。
夏休み前のテスト期間だから部活動が休みなんだと思う。
昨日の今日でなんの会話をしようかと悩んだ。
とりあえず同じソファに座ってはみたが……どうしようか。
部屋にはテレビの音しかなく、僕と佳奈はお互いに喋らない時間が続く。
佳奈は僕に話す機会をくれたし、考える機会をくれた。だけど、それを有効的に使える気がしない……どんな風に会話してたっけ。
「……兄さん、その……昨日はごめんなさい」
「え? いや、別に気にしてないよ」
「ほんと? 久々の会話だったのにあんなに詰めよっちゃって」
「あぁ、そのこと……。大丈夫だよ、まったく気にしてないから」
「兄さんが頑張ってるのを、私、よく分かってるのに、その……嫌な気持ちになってたりってしない……?」
「大丈夫だって」
佳奈が昨日みたいに詰め寄っただけで僕が怒ったことって前にあったか? そんな別に怒るような内容じゃないし。
確かに僕は大学に行きたいと妹の前で言っていたこともある。だけどそれは高校3年生の時までの話だ。
両親がいなくなった後はその話は出してない。
「だけど……私のせいで兄さんが好きなこともできなくなって……」
「気にしなくてもいいよ、そんなのは些細なことだし」
「……わたしっ……は、頭悪いし、成績も中の下だし……なのに……」
佳奈の言葉を聞いていると、感じたことがある。
(……もしかして、僕が善かれと思ってやっていたことが、佳奈の負担になってたんじゃないか?)
佳奈に進学するように言い、そのためのお金は僕が準備すると誓った。
僕の残った唯一の家族のためには僕の夢なんか捨てて、将来への道を整えてあげたかった――今思うと、重荷と感じてもおかしくないことばかりだ。
それに、僕に似て心配性で内気な妹のことだ。
『私の大学進学のために、兄さんが大学進学の夢をあきらめた。私のせいだ』とかまで考えているのかもしれない。
あぁ、それなら「大学に一緒に入ろう」と言ってきたことも納得がいく。
「……僕が大学進学できなくなったのは、佳奈のせいじゃないからね。進学も無理だったら大丈夫だからさ」
「……それは」
「それに佳奈は成績の事心配してるみたいだけど、大丈夫だよ。だって頑張って勉強してるし。僕のことは心配しなくていいから、親だと思って任せてくれたらいいよ。だから、佳奈が無理だって思ったら全然進路も――」
「違う! 私は迷惑かけてばっかりだし、私もなにか兄さんの力になりたくて……。進学が嫌ってわけじゃないの……兄さんに幸せになってほしくて」
「……家族だから、大丈夫だよ」
「家族だから心配してるの! 兄さんもいなくなったら……私は……っ」
佳奈の頬に涙が伝った。
(……頼れる人がいなくなった時の辛さは、僕達はよく知っている)
温かく思える日常が一瞬にして壊れたんだ。
頼れる存在がすべて消えていったんだ。
そして僕は今、佳奈の親代理だ。あの辛い過去を経験した佳奈が僕に対して顔色伺って会話の内容を気にするのも仕方がない……のか。
(大学……大学、ね。これは、そういうことか)
もとより思考停止で働くことを前提としていたことだ。後先考えずにやり始めたバイト生活だったんだ。
そろそろ佳奈の将来だけでなくて、僕の将来も考えていかないといけないタイミングってことかな。
「……分かった。大学の話、真剣に考えてみることにしたよ」
「……え?」
「佳奈が行く大学に一緒に入ろうと思う。頑張って勉強し直してさ、時間がある時に高校……とか行って先生と大学関係の話をするよ」
テレビを眺めていた佳奈の視線がこちらにむくのを感じながら、僕は視線を前に向けたまま作り笑顔をしながら続けた。
「……それで大丈夫かな? 家計はちょっと厳しくなると思うけど」
テレビの音がその瞬間だけ無音に感じた。
挑戦には不安があるけど、先の見えない不安よりは断然いい。
佳奈はそんな気持ちが混じった言葉を吐き出した僕を見つめ、先程の強ばった表情から緩んで安心した表情になって……笑った。
「うん……!」
「僕も、佳奈も……そろそろ報われてもいいもんね」
「うんっ!」
「色々迷惑かけちゃってごめんね」
「私も……」
「お互いに、かな?」
「……私のほうが……迷惑かけてた」
「僕の方も、結構ね」
佳奈はくまのぬいぐるみを抱き寄せ、顔を埋うずめる。自分もソファにもたれかかって目を閉じた。
――僕もまだまだ子どもだな。兄失格だ。
閉じていた目を開けると、天井に取り付けられている照明が眩しく感じ、思わず目線を横に逸らすと佳奈と目が合った。
「……兄さんのために私も頑張るから!」
佳奈はまた笑って、ソファの横に準備していた着替えを持って風呂場に駆けていった。
「過保護になりすぎてたのかな」と佳奈に聞こえないように呟いた。
光が差し込んだ気がした。
漠然とだけど、本当にそう思った。
たった二日だけでここまで変わるのか……。
神様というのは僕らを見てくれていて、どん底に近い状態の平野家を救ってくれたんじゃないかって思えた。
――ピンポーン。
そうしているとインターホンが家の中に響いた。
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