13 ズル休み



 コイツらにだけは、弱いところを見せたくなかった。


「おい明人――」


「もういいよ、いいって、大丈夫、大丈夫だから、何も心配しなくていいよ。僕は大丈夫だからさ」


 肩を掴んできたのを払い、口が震えながらとりあえずなにかの言葉を口に出した。

 "大丈夫"という言葉を使う度、黒く重たい物が体に溜まっていくような気がした。

 それでも笑顔を作り、平和に終わらせようと脳みそを絞って言葉を出して。


「そういえばさ、悠人の方は大学決まったんだって? 良かったじゃん。おめでとう。これで晴れて大学生になれたんだ。俊助は合格発表はまだみたいだけど、行けてると思うし。さ、早く座らないと朝礼始まっちゃ――」


「目を見て言葉をいえ」


「ん、ん? わ、分かったよ。でも、もう座らないと中島先生くるよ。早くしないと」


「俺ら友達だろ。なに隠してんだ」


「隠すって、なんでもないよ。僕がいつ俊助に隠し事をしたのさ。大丈夫っ……だから、もう、いいよ。何も心配しなくていいから」


「本当のこと言えよ……!」


 机に思いっきり手を振り下ろし、俊助は僕を一喝した。

 ドンッ、と。威圧のようないらだちをぶつけたような音が鳴った。

 心臓がキュッと締まる。

 必死に取り繕っていた顔を伏せ、唇を強く噛み締めた。


「…………おまえ、だけだと……なよ」


「あ? もっとちゃんと喋れよ」


 俊助は、苛立っているのが自分だけだと思ってるようだ。

 僕の気持ちなんて一つも理解をしてくれない。


「……っ!」


 一気に感情が込み上げてきて、口から感情が出ていった。


「お前らには……っ、関係ないだろ……!」


 机を叩き、立ち上がって俊助の顔を直視して言葉を放つ。


「明人……お前……っ」


「親が離婚したんだよ! あぁ、そうさ! クラスメイトあいつらの言う通りだ。僕は大学に行けない。合格が決まったのに、行けないんだ……っ」


「親が離婚で行けない……? 学費のことか」


「あぁ、そうだよ」


「そんなもん奨学金とか、親戚から借りて行けばいいだろうが! そんなんで――」


「お前も、あのクソ教師と同じこと言うんだな。支払い能力がないのに、どうやって生活すりゃいいんだよ」


「親の口座があるだろ」


「ねぇよ、兄妹のところに入ってるだけだ。俺が大学行ってる間、妹はどうする。借金まみれでどう生活したらいいってんだよ!」


「何か他に手があるはずだろ! 冷静になって考えろよ、お前らしくないぞ!」


「僕らしいってなんだよ! こんな時にでも黙って無駄な勉強でもしてろってのか!?」


「明人!!」


「もう、僕に関わらないでくれ……っ!!!」


 今まで出したことのない声が出て行って、教室内が水を打ったように静まり返った。


「「「……………………」」」


 向けられる視線はもう、同情などは消え、憐れみや蔑みが占める。

 目の前の悠人と俊助でさえ、僕に向ける視線にはそういった感情が入ってる気がした。


「おい、ホームルーム始めるぞ」


「……っ」


 閉じられていた教室のドアが開いたと同時に、僕は鞄を持って教室から飛び出した。


「明人……!」


「おい! 明人っ!」


 その時、悠人が僕の肩をつかんで止めようとしてくれたのを感じた。

 でも、それは僕の肩に触れることは無く空を切った。

 全速力でかけていく僕の背中から声が当てられるのを感じながら下足箱に手をやり、靴を出して真っ直ぐに校門から出ていった。




 家に帰った後、その日も、その次の日も部屋の中に閉じこもった。


 携帯が鳴り響くのが怖いからマナーモードにして机の上に投げた。

 固定電話に学校から連絡が入ったら元のコンセントを抜いた。

 家の外から聞こえる人の声がうるさくて、曲を流してヘッドフォンで耳を塞いだ。


 ──そして、卒業式当日。


 家に押掛ける先生達。

 何度も鳴るインターホン。

 電話にはたくさんの通知が溜まってた。


 それらを感じたくなくて、布団を頭から被ってベッドの上で身を縮めていていた。


 その日、僕は生まれて初めての『ズル休み』をした。

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