02 妹との会話


 10分が過ぎ、待ち合わせ場所に着いた明人は辺りをキョロキョロと見回す。

 すると、デカデカと書かれた『M』の看板の明るさに照らされた妹がスマホを弄りながら待つ姿が目に入った。


「お待たせ。寒いのにごめんね」


「ム」


 スマホから顔をあげる佳奈の輪郭を沿うように看板の灯りが落ちていく。


「あっ、遅いよお! まぁ、大丈夫だったけどね~、元気だから!」


 ガッツポーズをして強がってはいるが、見るからに鼻が赤くなってる。

 

「この前までズビズビ鼻をススってたのは、どこのだれだったっけ?」


「え~? 誰だったっけ、父さんじゃない?」


「父さんだったか。そうかそうか」


 他愛のない会話をしつつ、ポケットに入れてた物を取り出した。


「これ、さっき自販機で買った温かいお茶。カイロとかより温かいから、はい」


「お茶買ってたから妹さんを待たせてたんじゃないんですかぁ~?」


「そんなこと言うなら毎回待ち合わせ場所変えんなってハナシ。ほれ、投げるよ」


「えっ、うわっとっと――って、アチっ! あちち……」


 お茶を手の間で投げて渡しながら、熱さを紛らわせているのを妹の姿を見て明人は笑う。

 なに笑ってるのさ! と食って掛かる佳奈に慣れた様子で、なんでもないよ、と言ってまた笑った。

 結局、袖を伸ばしその間でお茶を持つことで落ち着いたようだ。


「くぬぅ……。塾で兄さんの倒し方とか教えてくれないのかな」


「佳奈が僕を倒したいなら、まずは僕より歳をとらないとね」


「歳を取る? それって…………」


 可能か不可能かを考え、あ、と間抜けな声が出た。

 そしてそれを誤魔化すためにフンッと鼻を鳴らしてマフラーに顔をうずめて歩き出す。

 その後ろを明人も笑いながら、ついて行った。


「……兄さん」


「ん?」


「いつセンター試験だっけ」


「あと、一か月くらい後だね」


「……頑張ってね。私、応援してるから」


 目の前を歩く佳奈が不貞腐れながらも言った言葉に目を少しだけ見開き、鞄に付けている佳奈と同じ御守りを握った。


「……ありがと、佳奈も頑張ってね。先生には妹が今年受験するんで~って一応言っておいたよ」


「ほんと!? やった~! これで兄さん効果で簡単に入れる!」


「わあ、これは将来有望な策士さんだこと」


「へへ~ん。ずる賢いところでは兄さんよりも上ですよぉ、はい」


 話をしているといつの間にか佳奈が明人の横に並び、同じ柄のマフラーが揺れる。

 頭1.5個分の身長差がある二人の歩幅。

 それを明人は少し縮め、佳奈は少し広げた。


 その後も会話をしながら明人は車道と佳奈の間に割って入り、何もなかったように会話を続ける。

 気遣いに気づいたか気づいてないか。

 佳奈はじぃっと兄の様子を見つめて、少し冷めたペットボトルをぺこぺこと鳴らした。


「あーあ~、兄さんと年が近かったら同じ高校の先輩後輩になるのになあ〜!」


「そんなの言ってもねぇ。大学だったらギリギリなれるにはなれるけど」


「1回生と4回生でしょー? それに兄さんの大学レベル高いもん」


「まぁ……それなりにね。でも、大丈夫だよ。佳奈は勉強頑張ってるんだから」


 と、言った兄に怪訝な顔を向けた。


「私の成績知ってて言ってるの……? 兄さんの高校ですら判定厳しいのに」


 これは塾で何やら厳しいお言葉でももらったのかもしれない。

 明人はしばし悩んだ末に、じゃあさ、と人差し指を立てた。


「合格したら……『何か言うこと聞く券』を1つプレゼントするって言うのはどう?」


「……ひとつぅ……? えぇーー、5つ!」


「5つぅ? 多い。却下」


「じゃあ合格しないも~ん」


 本末転倒。さすがの明人も呆れてしまった。

 だとしても、妹の扱いというのは慣れているのが兄というものである。


「はぁ~……。五つにしたらやる気に繋がるの?」


「うん! 繋がる! それなら頑張れる!! 期限切れとかなしだからね!!」


「わかった。じゃあそれにしよう」


「やったー!!」


 そう、折れるのである。明人のほうから、きっぱりと。

 口論になるのが面倒くさい、という話ではなく、18年近く付き合ってきた兄だからこそわかる。駄々をこねた佳奈に対しては何を言っても無駄なのだ。


 ――何か言うこと聞く券って、子どもじゃあるまいし。


 もっと年相応のものの方が、と考えてはみるが佳奈が喜んでいるのでよしとしよう。


「って! 早く帰ろ! 寒いよ!」


 一気に上機嫌になった佳奈は後ろに周って、兄の背中を押した。


「分かった、分かったって」


 グイグイと押され、二人は街の中を歩いていった。


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