第6話 放課後クロスオーバー その1
珊瑚が現れなくなってから三日目を迎えた。
プレートの表面にカーテンが下ろされているのはいつも通りだが、今日の様子はこれまでとは違って照明を消された部屋のように薄暗かった。
珪斗は緊張しながら画面をタップするが、なんの反応もない。
さらに以前のようにスワイプしてみるがカーテンは留め金で固定されているかのように、かすかに揺れはするものの開くことはなかった。
珪斗は考える。
これで、このまま自分の役目は終わるのか?
ならば誰がクラックを封緘するのか?
虎目と彩美とかいう二人組が今でもクラックを作り続けているとしたら、誰かが閉じに行かない限り市内のあちこちにクラックが増え続けることになる。
珊瑚の話ではクラックは別宇宙とつながる時空のほころび。
禍々様はそこを通じてこっちの世界へ“浸出”しようとしている侵略生物。
クラックが増え続けるということは、その“侵入口”が増え続けるということに他ならない。
かといって、真珠は脱落を宣言して消息を絶ち、珊瑚も連絡がつかない状況になってしまった以上はどうしようもない。
いや、待てよ。
自分たち以外にも封緘者がいたりしないだろうか。
そいつらが自分たちの活動を引き継いでいるとか。
ひょっとすると珊瑚は自分ではない“新たな相棒”を見つけて、そいつと活動してたりして。
とはいえ……。
それはそれで面白くない――というより素直に落ち込む話だよな……。
朝のショートホームルームが行われている教室で、そんなことを考えていた珪斗はイキナリ冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。
急遽、担任から配られたプリントの文面と、それを読み上げる校長の緊急放送に。
昨夜から教師一名と生徒二名が行方不明になっていることと、市内では他にもこの数日で数名の行方不明者が出ているので、登下校時は怪しげな人物や
どこにも貝殻について触れられてはいないけれど、それでも、これが開いたクラックから覗く禍々様の仕業であることは珪斗には容易に想像できた。
ふと、視線を感じて目を上げる。
いつになく振り向いた瑞乃が珪斗を見ていた。
そのレンズ越しの目はいつも通り無感情なものだったが、今の珪斗には“なにやってんだ、なんとかしろよ”と自分を責めている目にしか見えなかった。
いつもなら休み時間はトイレ以外に席を離れることのない珪斗だが、今日はとにかく休み時間のたびに教室を離れた。
瑞乃に話しかけられるのが怖かったのだ。
行方不明者が出ているのはクラックのせいだ、禍々様のせいだ、そして、なにも行動してないオマエのせいだ――そう告げているような瑞乃の目が怖かったのだ。
とはいえ、教室を離れて行く宛てがそうそうあるわけではない。
授業を区切る十分間の休み時間はトイレで意味もなくひたすら手を洗ったり、あとは校舎の廊下をうろうろしたりして過ごした。
もちろん、教室周辺では瑞乃に捕まりそうなので、職員室まで遠出してみたりした。
問題は長丁場となる昼休みである。
最初に考えたのは図書室だが今日に限って蔵書整理の真っ最中で立ち入りが禁止されていた。
どこか誰もいない所で昼寝でもできないだろうかと考えるが、あまり人の来ない校舎裏や屋上は上級生の喫煙場所になってたりするので近寄るわけにはいかない。
ならば、音楽室や理科室といった“休み時間には使用されない特別教室”はどうか?
しかし、それらはいずれも隣接する準備室が担当教師たちの常駐場所になっていることから、うかつに侵入して見つかれば“用もなく来るな”とつまみ出されることはまちがいない。
だが、しかし――。
ひとつだけなんとかなりそうな場所があった。
理科室である。
隣接する理科準備室に常駐している科学教師は若く、話も面白く、生徒人気が桁違いに高く、そして、珪斗にとって科学という教科は他と比べて少しだけ好きな科目でもあった。
理科室へ侵入して、もし見つかっても、あの人格者の人気教師ならいきなりつまみ出すことはしないだろう、遊びに来たと思われて話し込むことができればそこそこの暇潰しにもなるし――。
「よし、理科室だ」
珪斗は無人の理科室へ足音を忍ばせて侵入すると、早速、イスを並べて横になった。
このまま教師に気付かれなければ昼休みが終わるまで一寝入りできるぞ――そんなことを考えながらスマホのアラームを設定していた時、人の気配を察したらしい科学教師がとなりの準備室から現れた。
そして、珪斗はさんざん怒鳴り散らされた。
自分たちにとって“聖域”とも言うべき理科室で生徒が昼寝をしようとしていたのが気に入らなかったらしい。
舐めていたわけではないが、まさかここまで叱られるとは思ってなかった珪斗の受けた衝撃は大きく、とりあえずこの日から科学の授業も嫌いになった。
もっとも“時間潰し”という最大の目的は果たせたわけだが。
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