第4話 真珠になにが起こったか その3

 以前の珪斗なら放課後になってもぐずぐずと教室に残っていた。

 理由は単純に生徒玄関の混雑がイヤだったから。

 しかし、今の珪斗は終礼と同時に教室を出る。

 もちろん、一刻も早く珊瑚と合流するために。

 珊瑚と出会ってから起きたその変化は、事情を知らない同級生の間でも少しは話の種になっていた。

 とはいえ――

「最近の湖山って帰るの早くね? あ、ビューラー貸して」

「ん、いーよ。はい。て、ゆーかさー、湖山って性格? 雰囲気? も、なんか前とは違くない?」

「お? まーさーかー、惚れたのかあ」

「はあ? なにそれ、まじうけるわ。わけないっしょ。バーカ」

「どーせ、新しいゲーム買ったとかじゃね。そんなことくらいしかねえっしょ、湖山が変わるようなことって」

「言えてるー」

 ――というていどにしか認識されてないのだが。

 そんなうわさの渦中にいることを知らない珪斗はいつものように校門を出たところで珊瑚と合流する。

 しかし――。

「じゃ……行くデス」

「?……うん」

 珊瑚にいつもの明るさがない。

 珪斗が問い掛ける。

「どうしたんだ?」

「なにがデス?」

 見上げる目もどこかぼんやりとしているように見える。

「なんか、暗くない?」

 珪斗の問い掛けに、珊瑚は少し考えるような表情を見せたあと、問い返す。

「管郎は学校へ来てるデス?」

 投げかけられた思わぬ名前に珪斗は少し驚く。

 珊瑚がなぜ管郎の安否を知りたがる?

「いや、来てない。と思う」

 思い返すまでもなく珪斗と珊瑚が初めて出会ったあの日以来、管郎を学校で見ることはなくなっていた。

 もちろん友人でもなければ関心もないので、いちいちとなりのクラスへ様子を窺いに行っているわけでもないし周囲に訊いたわけでもない――第一、珪斗には訊くような相手がいない。

 そもそも、ひとりの生徒が急に学校へ来なくなった場合、それがランキング上位の生徒であればとなりのクラスであっても話題にはなるだろうが、残念ながらクラスの最下位ランカーは話題にならないのだ――事件や事故に巻き込まれないでもしない限りは。

 もっとも、その場合でも心配されたり同情されたりするわけではなく、“笑い話”として扱われるのだが。

 酷い話ではあるが最下位ランカーとはそういう位置づけなのである。

 ともあれ、事件や事故ならば学校側から全生徒へ正式に告知されるはずであり、そんな“笑い話”も“学校からの告知”もないことから考えて、管郎は学校を放り出して“勇者ごっこ”に熱中しているものだと思っていた。

「管郎がどうかしたのか?」

「実は昨日から真珠と管郎の封緘作業が止まってるのデス」

 今にも泣きだしそうなしょぼーん状態で答える珊瑚に珪斗はあえて明るく答える。

「昨日だけなら気にしなくていいんじゃねえの。たまたま疲れて休んでるだけだったりして」

 しかし、珊瑚はうつむいたままつぶやくように返す。

「真珠はそういう子じゃないのデス。糞真面目ながんばりすぎ屋さんなのデス」

 真珠には初対面の時と、そのあと、瑞乃がいた時の二回しか会ってないけれど――その二回目も会ったというより見ただけに近いのだが――確かにそういう印象はあった。

「じゃあ……心配だな」

 最下位ランカーは会話のみならず慰めるのも下手である。

 とぼとぼと歩く珊瑚に続きながら、珪斗なりに真珠・管郎組の活動が止まっている理由を考えてみる。

 例えば、真珠の意向とは無関係に管郎がさぼってるということはないだろうか。

 しかし、あれだけ嬉々として“勇者ごっこ”に興じていたことを思えばその可能性は低いと言わざるを得ない。

 もし“勇者ごっこ”に飽きたのであれば学校に出てきてもよさそうなものだし、学校に来づらくなったとか、さぼり癖がついたというのなら、それこそ退学してもよさそうなものだが、さすがにその場合はいかに最下位ランカーとはいえ話題になるだろう。

 そもそも、管郎の性格からして途中で“勇者ごっこ”をやめることはない気がする。

 管郎に責任感や粘り強さがあるという意味ではなく、単純にここでやめれば“まだ続けている珪斗の後塵を拝することになる”とあの管郎バカなら考えるに違いないからだ。

 もっとも“勇者ごっこ”をやめたうえで“まだあんなことやってんのかよ、オレはとっくに卒業したぜ”というマケズギライ特有の言い草でプライドを維持しようとする可能性もあるが、それはそれで“どうしようもない事情”でやめざるを得なくなった時の捨て台詞であり、その“どうしようもない事情”はそれこそ“事件や事故に巻き込まれた場合”くらいしか考えられない。

 とにかく珪斗に後れを取ることを死ぬほど嫌がっているヤツなのだから。

 そんなことを考えて神妙に黙り込む珪斗に対し、今度は珊瑚が無理に明るく答える。

「で、でも、あたしたちはお互いに無事であることだけはわかるのデス。だから心配はしてないのデス。ただ……不安なのデス。状況がわからないデスから」

 その感覚は珪斗にも理解できる。

 真面目なヤツがいきなりなんの連絡もなく学校に来なくなった、でも、元気なことはわかっている――となったら、確かに“どこでなにやってんだ?”となる。

「……確かに不安だな」

 もちろん珪斗が気にしているのは真珠のこと“だけ”であって管郎についてはまったく気にしてないのだが。

 ふと、思い当たって訊いてみる。

「真珠さんも珊瑚みたいにプレートに住んでるんだろ。そっちはどうなってるかわからない?」

 いわゆるホットラインというかプレート間の直通連絡システムとかあってもよさそうな気がした。

 しかし、珊瑚はまた目線を落として答える。

「真珠はずっとプレートに帰ってないのデス。最初から」

 最初から?

 ということはずっとどこにいたんだ?

 そんな疑問が浮かんだ珪斗だが、すぐに思い出す。

 管郎が一人暮らしだということを。

 同棲といえば聞こえはいいが……――そこまで考えて、一瞬頭をかすめた吐き気を催しそうな不快な光景をばたばたと手で振り払う。

 たった二回の遭遇でしかなかったけれど、執拗に真珠の腰や胸に伸ばしていた管郎の手が、その時の下卑た表情が、そして、真珠と珪斗に放っていた思わせぶりな言葉の数々が頭をよぎる。

「あのバカならやりかねんなあ」

 思わずつぶやいてしまった。

「なにをデス?」

 見上げる珊瑚だが、こんな臆測を正直に伝えるわけにもいかない。

 なんとか誤魔化そうとして頭の中をかき回す。

 そして、思い出す。

「そういえば真珠さんの夢を見た」

「夢?」

 あまり興味なさげな珊瑚の様子に、珪斗は自分から言いだしたこととはいえ“無理もないな”と思う。

 ここで夢の話をしたところでなんの手掛かりにも気休めにもならないのだから。

 それでも言いかけた話題として大雑把な内容をざっと告げる。

「ゆうべっていうか今朝っていうか。目が覚めてトイレに行った時に玄関に人の気配があったから開けたら真珠さんが立ってた。で、僕の部屋まで来たんだけどなにもしゃべらないし……ていう夢」

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