第4話 真珠になにが起こったか その4

「着いたデス」

 そこは小さな神社だった。

 神社とはいえ人は常駐しておらず、無人の境内に小さなおやしろの本殿が奉られているだけの質素なものである。

 参拝客のひとりもいない静寂の中、珪斗と珊瑚は周囲を囲む雑木林から差し込む木漏れ日を受けながら本殿の周囲をぐるりと回り込む。

 その裏側にクラックがあった。

「珪斗、お願いするデス」

「うん」

 すっかり慣れたケーブルが刺さる感触を受けながら襟の下をまさぐって銃を取り出す。

 そして、銃口を向けて引き金を引く。

 が――。

「え?」

「デス?」

 これまで百発百中で禍々様のタコ足を貫いてきた銃弾が初めてはずれた。

 いや、そうではない。

 正しくは“うねうねと躍る禍々様のタコ足が銃弾を避けた”――のだ。

偶然まぐれだろっ」

 珪斗は叫びながら続けて引き金を引く。

 しかし、二発目も、そして、三発目も、すべてがかわされた。

 珪斗は涼しげにくねるタコ足と手にした銃を交互に見比べながら誰に言うともなくつぶやく。

「どうなってんだ。絶対当たる仕様なんじゃなかったのか。そもそもこいつに僕は見えてないんじゃないのか」

 となりで珊瑚も動揺している。

「わわわわわわからないデス。ていうか、ありえないデス」

 その時、珪斗が気付いた。

「珊瑚、下っ」

「はいデス?」

 言われて目線を落とした珊瑚が息を飲む。

 クラックの奥に覗く禍々様から数本のケーブルが伸びて本殿のとなりに立つイチョウの陰に続いている。

「これは、まさか、なのデス」

 次の瞬間、クラックから伸びたタコ足がひゅうと風を切って振り抜かれる。

 そこに握りしめるように巻き付けられているのは一振りの巨剣。

 珪斗はその巨剣を知っている。

 最初に見た管郎が振り回していた巨剣にまちがいない。

 珊瑚がイチョウに向かって走り出す。

「そこにいるのデスっ?」

 その陰からゆらりと姿を現したのは、珪斗が夢で見たのと同じ標準丈のセーラー服に身を包んだ、そして、ケーブルで禍々様とつながった真珠だった。

「なにをやってるデス どうしたんデス」

 真珠の手を握ってぶんぶんと振り回しながら声を荒らげる珊瑚だが、真珠は顔を伏せたまま反応しない。

 その着衣のみならず、たたずむ姿勢に珪斗は夢の中で見た真珠を重ねる。

 あれは夢じゃなかったのか?

 それとも予知夢だったのか?

 そんなことを考えた時、不意に張り詰めた感覚がこめかみを通り過ぎた。

「え?」

 その感覚に導かれるように目を向ける。

 禍々様が高々とかざした巨剣を振り下ろそうとしていた。

 珪斗は慌てて飛び退きながら思う。

 普段の珪斗ならば飛び退くことはおろか、危険を察することすらできなかった。

 それを感じることができたのも珊瑚とケーブルでつながれていることの効能なのかもしれない――と。

 禍々様が改めて巨剣を振るう。

 珪斗がそれを避ける。

 真珠の手を握ったままの珊瑚が叫ぶ。

「珪斗、気をつけるデスっ。禍々様そいつはやっぱり珪斗が見えているデスっ」

 珊瑚とつながっていることで珪斗の姿は禍々様からは見えなくなっているはずであり、それゆえに、これまで一度も珪斗は禍々様から攻撃を受けたことはなかった。

 しかし、経緯や事情はわからないが今回の禍々様は真珠とつながっている。

 それにより禍々様の感覚器が鋭敏になっているのか、あるいは“相棒とつながっている者同士”ということで不可視効果が相殺されているのか、珪斗にその原理はわからないが、確かに珊瑚の言う通り、禍々様の巨剣は確実に珪斗を狙って振り回されていた。

 とはいえ、珪斗自身もまたケーブルで運動機能が強化されていることに違いはない。

 振り回される巨剣から――日常生活や体育の授業では見せたことのないような――素早く的確な動きで身をかわし、発砲する。

 禍々様が振り回す剣と珪斗の撃った銃弾が、それぞれ互いを捉えることなく空を切る。

 そんな攻防を繰り返すうちに、やがて珪斗の息が上がり始める、脚が重くなる。

 ケーブルで強化された同士の戦闘なら最終的に勝敗を分けるのは素材の優劣になる。

 ここで最下位ランカーの証明とも言うべき珪斗の“体力のなさ”が露見した。

 珪斗の“明らかに悪くなった機動力”に対し、巨剣を振り回す禍々様が伸ばすタコ足の動きは微塵も劣化することなく珪斗を襲う。

 そんな状況下で珪斗は距離をとるべく後退しようとして――

「しまった」

 ――躓いて後ろ向きに転倒した。

 荒い息の珪斗は立ち上がることもできず、禍々様が掲げる巨剣を見上げる。

 禍々様は巨剣を掲げたタコ足をゆらゆらとくねらせる。

 とどめの一撃を狙っているように、あるいは、勝利を確信したように。

 その様子に珊瑚が悲鳴を上げる。

「真珠っ」

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