第4話 真珠になにが起こったか その5

「やめるデスやめるデス。正気に帰るデス」

 涙目で訴える珊瑚にうつむいたままの真珠がぽつり。

「私は正気」

「デス?」

 ぽかんと見つめる珊瑚の前で、真珠がゆらりと顔を上げた。

「……真珠?」

 声を掛ける珊瑚に、真珠は白く疲れ切った表情を向ける。

 そこにこれまで珪斗や珊瑚の見てきた面影はない。

 その憔悴しきったような変貌ぶりに珊瑚は息をのむ。

 真珠が感情のない目で問い掛ける。

「珪斗を助けたい? どうしても助けたい?」

 我に帰った珊瑚が食いつくように答える。

「もちろんデス。助けたいデス。あたしにとって大切な相棒なのデス。なんでもするデス。だから、すぐに禍々様にやめさせてほしいデス」

 目に涙を浮かべて訴える珊瑚に、真珠は予想外の言葉を返す。

「でも……珊瑚が思うように珪斗は珊瑚のことを思っているのかな」

 珊瑚が戸惑いながら答える。

「思ってるはずなのデス。あたしと珪斗はどっちもお互いを大切に思ってるのデス」

「……」

 真珠の襟の下から伸びていたケーブルが禍々様から抜かれてしゅるしゅると収納されていく。

 同時に禍々様の振り上げたタコ足から巨剣が消える。

 珊瑚が叫ぶ。

「珪斗っ、今なのデスっ」

「おうっ」

 珪斗が禍々様に銃口を向けて引き金をひく。

 銃弾が禍々様を貫き、クラックが消えた。

 少し遅れて本殿の軒下で破裂音。

 珪斗と珊瑚が目を向けた先で、置かれていた貝殻が姿を変えていく。

 ぐったりと眠っているその男は――岩槻管郎だった。

 静けさの戻った境内に珊瑚の声が響く。

「ありがとうなのデスっ」

 そして、泣き笑いで真珠に抱きつく。

 しかし、真珠は再度、顔を伏せる。

「珊瑚、私はね、もう封緘をやめることにしたの」

 珊瑚ははっとした表情で真珠を見上げる。

「どうしてデス?」

「……」

「言いたくないデス?」

「うん。言いたくない」

 抑揚のない声で目線も合わさず答える真珠に珊瑚が笑顔を向ける。

「じゃあ、聞かないデス」

「……ありがと」

 真珠は珪斗を一瞥し、改めて珊瑚に向き直る。

「二十億年前――火星で――妹が――吊り橋を――飲み込んだ。……じゃあね」

 そして、その場から跡形もなく、霧のように消え去った。

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