第1話 珪斗と管郎 その3
そこは学校近くにあるショッピングモールの立体駐車場だった。
平日の夕方ということで、この時間帯の主な客は自転車やスクーターの主婦や学校帰りの中高生が中心であり、駐車エリアはあちこちに空きスペースがあってひっそりとしている。
管郎と真珠の後に続きながら、珪斗は立体駐車場にありがちな排気ガスとガソリンとオイルのかすかな臭いに顔をしかめる。
珪斗のような高校生であれば、そろそろ単車や自動車に関心を持ってもおかしくはない。
教室でクルマ雑誌を回し読みしながら“早く免許とりてえ”と騒いでいるグループもある。
しかし、珪斗はそれらに対してまったく関心も興味も憧れもなかった。
もともと乗り物酔いしやすい体質であることと、両親が幼い頃から忙しく家族ドライブの経験が皆無なことも関係あるのかもしれない。
すなわち、珪斗の人生において自動車や単車は憧れの対象になることすらない疎遠な存在だったのだ。
三人が着いたのは五階建ての三階、そのさらに奥の一画。
駐車している軽自動車をぐるりと回り込んだところで真珠が告げる。
「珪斗はそこでお待ちください」
珪斗は言われるまま立ち止まる。
が、直後に正面のずっと奥でなにか動くものを感じて目を凝らす。
「!」
見えたものに目を見張る。
十メートルほど先にあるのは、長期間、排気ガスに晒されて汚れたコンクリートの壁。
その表面にひび割れ――というよりも、はっきりとした亀裂が走っていた。
もちろん珪斗は建築物に関してまったくの素人だが、それでもこれだけの亀裂が放置されてることに倒壊の恐怖がわき上がる。
が、すぐに頭からその恐怖が吹っ飛んだ。
亀裂の奥からにょろにょろと姿を現した異様な存在によって。
ヘビ? ミミズ? 触手? いや違う。
珪斗の頭がこれまでの人生で見たあらゆるものをソートし、最も“それ”に近いものをはじき出す。
「……タコ?」
思わずつぶやく。
コンクリートの壁に走る亀裂の奥から伸びたタコの足がくねくねと躍っている。
「足元にご注意ください」
真珠の声に管郎が応える。
「わーってるよ」
ふたりの声を聞きながら珪斗が目線を落とす。
軽自動車のかたわらに淡い光を放つ貝殻がひとつ落ちていた。
大きな亀裂、タコの足、貝殻――立体駐車場の薄暗い片隅に不似合いなものどもに珪斗は戸惑う。
そんな珪斗とは正反対に、管郎が
「見とけよ、珪斗」
管郎がかたわらの真珠を見る。
「いいぜ」
「では、お願いします。管郎様」
真珠は自身の長い黒髪を肩越しに前へと回す。
直後、露わになったセーラー服の襟の下から数本のケーブルが飛び出し、管郎の首筋に突き刺さった。
戸惑いを通り越してぽかん状態の珪斗に構わず、管郎の手が真珠の背中をさすりあげ、そのままセーラー服の襟の下へと潜り込む。
なにをやってんだ?――と思う間もなく、珪斗の目はさらなる違和感を捉える。
管郎の手首どころか、ヒジまでもが襟の下へと潜り込んでいる?
管郎は戸惑う珪斗にどや顔を向けると、さらに腕を突っ込む。
真珠がびくんと身体を反らせる。
そのセーラー服の襟の下に、管郎の右手はすでに肩口近くまで突っ込まれている。
まるで襟の下が別空間につながっているかのように。
真珠があえぐ。
「管郎……様……早く」
「ああ、そう焦らせるな」
いかにもいやらしい笑みを浮かべた管郎がずるりとその手を引き抜くと、一振りの巨剣が握られていた。
管郎は目を見張る珪斗に――
「よく見とけ」
――と声を掛け、亀裂に向かって走り出す。
そして、十メートル近い距離を一気に詰めて跳躍すると、躍るタコ足目がけて巨剣を振り下ろす。
刀身に触れたタコ足がすぱんと小気味よく切り飛ばされた。
その一連のできごとに、珪斗は口を開けたまま目を見張る。
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