第1話 珪斗と管郎 その2
十一月にしては暖かい――いわゆる小春日和の中、だらだらと生徒玄関を出た珪斗はふと思い立ち、ポケットから生徒手帳を取り出した。
ぱらぱらと開いたのはカレンダーのページ。
今日からちょうど十日前の日付に丸が付いている。
丸は自分でつけたものである。
それを見てひとりごちる。
「そうか、九日ぶりだったか――」
生徒手帳をポケットに収める。
「――学校でしゃべったのは」
その一言が“申し訳ありませんでした”というのもどうかと思うが、しかし、十日前にしゃべった一言も“わかりません”だったことを思えば。それがランク最下位の自分にふさわしい神の与えた台詞なのだろう。
グランドや体育館から聞こえる号令や怒号、屋上から聞こえる吹奏楽部の管楽器の音色に背を押されるように校門を出る。
卑屈な感情からかそれらが珪斗に対して“早く帰れ、放課後の学校てとこはクラブ活動に参加しないオマエみたいな覇気も取り柄もないヤツのいるとこじゃねえ”と追い立てているように感じる。
「こっちだっている理由もないしな、背を押さえるまでもないよ、とっとと帰るよ」
珪斗が苦笑交じりにつぶやいた時だった。
「聞こえてねえふりしてんじゃねえよ」
不意に掛けられた声に振り返る。
通り過ぎたばかりの校門からひとりの男子生徒が珪斗を見ていた。
珪斗はコイツを知っている。
となりのクラスの
さっきから珪斗のことを呼んでいたらしい。
ちなみに所属するとなりのクラスにおける管郎のランキングは三十三人中の三十三位――珪斗と同じ最下位である。
珪斗が初めて管郎を見たのも教室の窓から投げ捨てられたノートや教科書を拾い集めているところだった。
そんな珪斗と管郎という最下位同士ならば、互いにもちうる相手への意識はふたつしかない。
ひとつは仲間意識である。
具体的には互いの立ち位置を慰め合ったり、理不尽なシステムに愚痴をたれあったりするような間柄。
もうひとつは競合者意識。
自分はコイツよりマシ、コイツより上、一緒にするなという間柄。
珪斗と管郎の間柄はといえば――
管郎→珪斗=後者
珪斗→管郎=鬱陶しい
――だった。
すなわち“自分はクラスでこそ最下位だが、学年での最下位は珪斗であって自分ではない”アピールに必死な管郎と、そんな管郎を鬱陶しく思っている珪斗――という間柄なのだ。
珪斗はそんな管郎のみならず、そもそも誰が言い出したか今となってはわからない生徒間の共通認識であるランキングシステム自体を“くっだらないなあ”と思っているが、その態度がまた管郎の癇に障るらしい。
つまり、管郎にしてみればことあるごとにあちこちでアピールしているのに、いつまでたっても珪斗が管郎より下であることを認めないのが許せない――ということなのだろう。
そんな管郎に呼び止められれば、いつもならあからさまにウンザリした表情になる珪斗だが今日は違った。
というのも、管郎のとなりに寄り添うようにひとりの女生徒が立っているのに気付いたから。
言うまでもなく珪斗や管郎のようなクラスの最下位ランカーは女生徒からも嘲笑や嫌悪の対象であり、文房具の貸し借りはおろか近くにいることすら避けられるのが日常なのである。
そんな最下位ランカーのとなりで、すらりとしたプロポーションにつややかなロングヘアの女生徒が穏やかに笑っている。
ただ違和感をもたらすのは彼女が身にまとっているセーラー服。
その違和感は、ここ和岳市にはセーラー服を女子の制服として採用している学校は存在しないという理由だけではない。
明らかに上衣もスカートもショートサイズに改造されて、特にアンダーバストぎりぎりの上衣は制服の範疇を逸脱している。
女生徒は目のやりどころに困る珪斗に涼しげな表情を向けている。
管郎がそんな女生徒を促す。
「見えるようにしてやれよ」
なにをだ?――珪斗がそう思ったのと同時に女生徒が答える。
「その必要はありません。彼に私は見えてます」
やはり意味がわからない珪斗だが、管郎は大げさに不快な表情を浮かべ舌打ちをする。
「つまんねえやつだな」
「おそらく管郎様と同じ特性をお持ちなのでしょう」
そう言って微笑む女生徒が管郎から珪斗に向き直る。
「私は真珠と申します。お名前を聞かせてください」
珪斗が口を開こうとした瞬間、管郎が割り込むように答える。
「湖山珪斗。学年最下位ランカーだよ」
そして、にやにやと珪斗を見る。
「な?」
女生徒はそんな管郎を気にせず続ける。
「珪斗様は――」
またしても管郎が割って入る、今度は明らかに苛立った口調で。
「珪斗でいいんだよ。“様”とかいらねえよ、こんなやつ。最下位なんだから」
管郎は珪斗に関して万事この調子である。
とにかく、自分より下の存在がほしくてほしくてしょうがないらしく、ことあるごとに自分の方が上の存在であることを珪斗や周囲にアピールすることに余念がないのだ。
そうやってアピールし続ければ珪斗自身が自分を管郎より下の存在だと認識する日が来ると信じているのだろう。
実体はむしろ逆で、こういうことを続ければ続けるほど珪斗や周囲の生徒からは“必死なバカ”にしか見えてないのだが。
それはともかく。
そんな管郎の言葉に真珠は形のいい眉を八の字にして少し困った表情を浮かべている。
綺麗なヒトだな――そんなことを思いながら珪斗が口を開く。
「いいよ。珪斗で」
真珠はほっとした表情を浮かべる。
「はい。では……珪斗はおひとりですか」
その意味がわからないまま答える。
「見ての通りだけど?」
「じゃあ、まだ来てないんですね」
「なにが?」
そこへまたしても管郎。
「おい」
その声色はさっき以上に苛立っている。
真珠が自分を放置して珪斗と話し続けるのが面白くないらしい。
「行くんだろ。どこだよ」
「はい。今、ご案内します」
管郎の目線が真珠から珪斗へと移る。
そして、口角を上げる。
「珪斗、おめーも来いよ。おもしれーもん見せてやっからよ」
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