第1話 珪斗と管郎 その4
自身も含めたクラスの下位ランカーにはいくつかの条件というか共通項がある。
そのうちのひとつが“並外れて運動神経が鈍いこと”である。
つまり、運動能力テストや体力測定の結果がそのままランキングに反映されていると言っても過言ではない。
珪斗と管郎もまたその例に漏れないのだが、全項目において管郎が珪斗に優っている項目はひとつもなかった。
ついでにいうなら学力においても珪斗の方がわずかにマシであり、数値で表せる範囲で管郎が珪斗より勝っているところは身長と体重くらいしかないという現実があった。
だから管郎はアピールに必死なのだ、だから珪斗はうんざりしているのだ。
運動能力も学力もわずかに珪斗の方に分があるのだが、良くも悪くも外向きな性格で積極的で負けず嫌いな管郎としてはそれを認めるわけにはいかないのだろう。
ちなみに、そんな管郎の家は市内では有数の金持ちである。
当人に優るところがない者は無意識にそんなところで優越感を得ようとするが、そういった面も管郎を必死にさせているのかもしれない。
自分の方が珪斗より優れている、自分が珪斗より劣っているはずはない、なぜならウチは金持ちだから、と。
そんな管郎に珪斗は呆れる。
家が金持ちなのは
それはともかく。
そんな管郎が重そうな巨剣を振りかざし、瞬時に距離を詰め、跳んだ。
その様子はまるでワイヤーアクションかCGアニメのようだった。
切り飛ばされたタコ足は空中で霧が拡散するように見えなくなり、それが生えていた壁の亀裂も消えていく。
珪斗の見ている前で、そこはなんの異常もないただの壁になった。
不意にぽんという軽い破裂音が聞こえて、珪斗は目を向ける。
音の主は軽自動車のそばに転がっていた貝殻だった。
貝殻はぐんぐんと大きくなり、若い女性の姿に変わっていく。
ぐったりと意識を失っているその女性は買い物に訪れた軽自動車の主らしい。
なんなんだ、なんなんだ、なにが起きてるんだ――戸惑い混乱する珪斗をよそに、管郎が倒れたままの女性のかたわらに腰を落として真珠に問い掛ける。
「こいつ、しばらく起きねえんだよなあ」
管郎の手から巨剣が消え、首筋に刺さっていたケーブルがしゅるしゅると真珠の襟の下に収納されていく。
「ええ。十数分くらいは」
「だよな」
管郎の手が女性の短いスカートに伸びる。
「あの、管郎様」
さすがに真珠が諫めるような声を上げる。
「冗談だよ。オマエで我慢するさ」
管郎は苦笑しながら立ち上がる。
そこへ――
「やっと見つけたデスぅ」
――割って入った幼い声に三人が目を向ける。
ローティーンに見えるショートボブの少女がぜえぜえと息をしながら珪斗の背後に立っていた。
着衣は真珠と同じセーラー服で、スカートが少し短い気がするが上衣は標準サイズ――そんな少女に“今度はなんだ”と訝しげに見る珪斗の向こうから真珠が声を掛ける。
「遅かったですね。珊瑚」
しかし、少女は答えずにただでさえ大きな目を見開いて真珠を見る。
「ななななななんなのデス。その格好はっ」
だよな、おかしいよな――イマサラながら自分の感覚は正しかったかと、珪斗は改めて真珠の改造セーラー服を上から下まで見る。
はにかんだ真珠は上衣とスカートの裾をそれぞれ左右の手で引っ張りながら答える。
「管郎様のご希望です」
ああ、このバカがこんな格好をさせてんのか――そんなことを思いながら珪斗は目線を管郎へと移す。
目が合った管郎は赤面しながら悪態をつく。
「うるせえっ。文句あんのか、ああ?」
「うるせえって……なにも言ってねえけど?」
即答する珪斗に管郎は舌打ちすると、真珠に向き直って話を逸らせる。
「この
「そうです」
もちろん珪斗にはその意味がわからない。
「僕の……なに?」
真珠に問い掛ける珪斗に少女が頭を下げる。
「あたし、珊瑚。よろしくデスっ」
快活そうな少女は屈託ない笑顔を珪斗に向ける。
「え? いや、……なにが?」
どうしていいかわからず立ち尽くす珪斗に、コンクリートで反響した管郎の嘲笑が浴びせられる。
「真珠みたいのが来るかと思ったらこんなのかよ。ガキだし、しゃべりはアホっぽいし。最下位の珪斗にはちょーどいいかもなあ」
珊瑚はその言葉に口をとがらせ不快そうに上目遣いで管郎を睨み付けるが、そこへ不穏な空気を察した真珠が割って入る。
「では、珊瑚、珪斗。私たちはこれで」
“いいですよね”と管郎を振り返る。
「おう、帰るかあ」
管郎はそう答えると真珠を抱き寄せて珪斗を見る――
「今夜も寝れねえしなあ。たまんねえわ」
――にやにやとしまりのない表情を浮かべて。
結局、管郎の言う“おもしれーもん見せてやる”ってのは“謎のクリーチャーを巨剣でやっつける
「つまんねーもん見せられたなあ」
立体駐車場の一角に残された珪斗は思わずつぶやく。
そして、かたわらに立っている珊瑚に目をやる。
珊瑚は珪斗をきらきらと見上げている。
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