第3話 上浜瑞乃という女 その2

「なるほど。新しいクラックが見つかったわけデスね」

「うん」

 校門を過ぎながらつぶやく珊瑚に珪斗が頷く。

 クラックから伸びる禍々様のタコ足に触れた生物は貝殻になるが、珪斗や管郎がそのクラックを閉じれば貝殻は元の姿に戻る。

 その貝殻を瑞乃が持っているということは、これを作ったクラックはまだ閉じられていない、すなわち、未処理のクラックが現存していることを示している。

 今、三人が向かっているのは貝殻化するのを瑞乃が目撃した現場――つまり“クラックのある場所”である。

「それよりさあ」

 珪斗が声を掛ける。

「珊瑚を見えるようにできない?」

 ふたりのとなりでずっと怪訝な表情を浮かべて歩いている瑞乃を目線で指す。

 瑞乃には珊瑚が見えないのだ。

 珊瑚はちらりと瑞乃を見て、険しい表情で答える。

「見えるようにはできるデス。でも、なんかまだ信用できないデスぅ」

 それは珪斗にとって初対面から明るい印象のある珊瑚に似合わない表情だった。

「信用できないってのは、昨日の虎目さんとか彩美ちゃんだっけ?の仲間かもしれないってこと?」

「別にそういうわけじゃないデスけど」

「けど……?」

 その要領を得ない答えに珪斗は首を傾げる。

 仮に虎目たちの仲間だとしても、当人たちが資材置き場で言っていたように珪斗と珊瑚を攻撃したり封緘をジャマしたりするわけではない。

 なので珊瑚がなにを警戒しているのかがわからない。

 とはいえ珊瑚自身がうんと言わない限り珪斗にはどうしようもない。

 そこへ瑞乃が予想通りの疑問を珪斗へ投げる。

「湖山はさっきから誰と話しているんだ」

 珪斗は前を歩く珊瑚の後頭部ととなりを歩く瑞乃を見比べる。

「いや、その、相棒というか」

「いるのか? そこに? 相棒?」

 不意に振り向いた珊瑚が珪斗の腕に絡みつく。

 そして、珪斗を見上げて照れたような笑みを浮かべる。

「そうなのデス。あたしだけが珪斗の相棒なのデス。ししし」

 珪斗はそんな珊瑚の仕草と表情に、もしかしたらいきなり現れた瑞乃の存在が面白くないだけなのかもしれないと気付く。

 もっとも、珊瑚にとっての瑞乃は単純にクラックの場所を知っている案内人に過ぎないゆえに、あえて姿を見せてまで関わる必要もないと思ってるだけかもしれないが。

 瑞乃は珪斗の前に目を凝らすが、あっさり諦めたらしく、次の疑問へ話を進める。

「昨日のことなんだけど……湖山は一体なにをやっていた?」

「なにをって……」

 どう答えていいのかわからず、逆に訊き返してみる。

「上浜は……なにを見たんだ?」

 瑞乃が答える。

「アタシが見たのは……小学生の女の子がいて、なにか話してて、女の子が帰って、湖山が独り言を始めて、妙な動きをしたあとで貝殻が人間が変わった」

 つまり、全部を見ていたらしい。

 瑞乃が言う“妙な動き”というのは銃を撃った時のことだろう。

 珪斗としては軽い気持ちで銃口を向けて引き金を引いたことは確かだが、自分の中では多少なりとも“かっこいいシーン”のつもりだったので“妙な動き”と言われたことは少しだけショックだった。

 ともあれ、今の内容から銃も珊瑚も虎目も禍々様もクラックも、瑞乃には見えてなかったことを珪斗は理解する。

 そんな珪斗に対し、腕に抱きついたままの珊瑚が“しー”とささやく。

 それを“口止め”の意と察した珪斗は瑞乃へ言葉を濁す。

「いや……なんでもないっていうか、なにもやってないわけじゃないけど……うん」

 その答えに瑞乃は――。

「教えてくれないんだ?」

 素っ気ない口調と無表情だからこそ、余計に怒って見える。

 珪斗は瑞乃から目を逸らし、聞こえるか聞こえないかくらいの声で独り言のようにぽつりと答える。

「うん。教えない」

「そう」

 変わらない瑞乃の表情とは対照的に、腕に抱きついたまま珪斗を見上げる珊瑚の表情は明るい。

 珊瑚にしてみれば、やはり瑞乃は珊瑚と珪斗だけのフィールドへの侵入者、すなわち“部外者”なのだろう。

 もっとも、珪斗が瑞乃の問いに答えなかったのは珊瑚に配慮したわけではない。

 教えなかったのは中学時代のできごとが背景にあったからに過ぎない。

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