第6話 放課後クロスオーバー その4
虎目に先導されて珪斗が向かったのは学校のとなりにある児童公園だった。
児童公園とは言ってもベンチと砂場くらいしかないうえ、周辺世帯のほとんどが共働きということで平日に訪れる親子連れもいない。
そんな人の気配がない公園の砂場で、しゃがみこんだ虎目は指で砂に紋様を書き始める。
その右手はすでに小指から中指までが黒く染まっているが珪斗はその意味を知らない。
「これでよし」
描かれたそれはまるでアニメやマンガで見た魔法陣のようだった。
しゃがみ込んだままの虎目が指を鳴らすと、魔法陣の中央に光の玉が現れた。
まるで手品を見せられているかのような感覚で立ったまま見下ろす珪斗に、虎目がつぶやく。
「今、珊瑚の意識を呼び出してる」
その言葉に珪斗は慌ててしゃがみ込んで玉を見つめる。
「これが……珊瑚の」
「“全部”じゃなくて“部分”だけどね」
補足する虎目を見ながら珪斗は“何者なんだ、この虎目って人は”と思うが“市内のあちこちで別世界につながるクラックを作っている怪人物”と思えば“そんな疑問もイマサラだ”と考えないことにする。
「ダメだな」
虎目がつぶやいたのと同時に光はゆっくりと弱まり消えていった。
「ふうむ」
虎目は帽子越しの頭髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら考え込む。
「よほどの自閉モードだな。あと、ちょっと落ち込んでるというか
そうやってひとりごちて、珪斗を見る。
「なにかココロアタリはないのかい。最近、妙なこととか」
「わからないです。まったくなにもわからないです」
珪斗はそう答えるしかない。
「じゃあ、最後に会った時の様子は?」
珪斗の心中に“敵対勢力にどこまで話していいのか”との逡巡がイマサラながら湧き上がる。
しかし、その穏やかな表情と口調に騙されるように、半ば無意識に言葉が口を衝く。
「お墓へクラックを封緘しに行きました」
虎目が頷く。
「ああ。確かに、あそこに開封したよ」
珪斗はあの日の珊瑚を思い出す。
「珊瑚の様子がおかしくて……クラック、いや、禍々様を狙撃できる位置まで行けなかったんです。そこでいろいろあって――」
まだ全面的に虎目のことを信用していない珪斗としては瑞乃のことは伏せておきたかった。
もちろん“うかつに話して巻き込むわけにはいかない”という理由からである。
「――なんとか封緘したんですが、いつのまにか珊瑚はいなくなってて。それきりです」
「珊瑚の様子がおかしくなったのは、その日から?」
「いや、もっと前の……。えーと、先週です」
答えながら気付く。
ついさっきまでは信用していいのかなどと考えていたのに、いつのまにか一切の抵抗も疑問もなく虎目の尋問に応じている自分に。
購買前の廊下で虎目に促されるまま窓を開けた時もそうだった。
まるで誘導されるように、催眠術にでも掛かっているかのように、気が付けば窓を開けていた。
虎目はそういう能力を持っているのかもしれない。
だとしたら、長時間、一緒にいるのはヤバイんじゃないか? 知らないうちに利用されかねないぞ――とも思うが、一方では逆らっても意味はないとも思う。
そうやって容易に諦めるところもまた珪斗が最下位ランカーである由縁なのだが。
そんなことを考えている間にも口が勝手に答えていく。
「その時は神社に封緘しに行ったんですけど……」
「うん。そこにも開封した憶えがあるよ」
「最初、珊瑚は真珠さんの消息がわからないって沈んでて……。でも、神社で真珠さんと再会して……。その時は真珠さんが禍々様とつながってて」
「ほほお」
虎目が初めて驚いた顔を見せた。
真珠と禍々様の接続は虎目にとっても予想外の出来事なのだろう。
一方、珪斗の口は止まらない。
「それでもなんとかクラックを封緘して……。その時に真珠さんが封緘をやめると言ったらしいです。でも、珊瑚は真珠さんの無事が確認できたせいか少し元気になってました。おかしくなったのは、その次の日からです」
虎目はぶつぶつとひとりごちる。
「やめるのがショックだったのか? いや、それならその日からおかしくなるな。次の日からってのがわからないな」
そこへ珪斗が思い出したように付け足す。
「そういえば伝言が……」
「伝言? どんな?」
「真珠さんから珊瑚へ、二十億年前の火星がなんとか」
「なるほど……。なるほどなるほど」
虎目は何度も頷いてから、改めて珪斗を見る。
「それはパスコードだね」
「パスコード、ですか」
意味がわからずぽかんと返す珪斗に補足する。
「パスワードともいう。いわば“鍵”だね。“いつ”“どこで”“だれが”“なにを”“どうした”の組み合わせで作るんだ。問題はなんの鍵か、だな」
虎目はつぶやいて足元の砂に目を戻す。
「本人に聞いてみよう」
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