第2話 封緘(ふうかん)者とは閉じる者、開封者とは開く者 その2
「今日は誰とも話さなかった――と」
珪斗は生徒手帳をポケットに収めながらつぶやいた。
校門を出ながら昨日のことを思い返す。
昨日はここで管郎が待ち伏せていた。
“真珠という綺麗な女の子を連れていること、そして、勇者然として巨剣を振るう自身の勇姿”という管郎が言うところの“おもしれーもん”――珪斗が感じた“つまらねーもん”を見せつけるために。
今日は――いない。
「やっぱり休んでたのかなあ」
思わずつぶやいた。
休み時間にトイレへ向かう途中、思い立ってとなりのクラスを覗いたが管郎はいなかったのだ。
別に親しいわけでもないが管郎の席はすぐにわかる。
最後列の端でひとつだけぽつんと余っている席、さらに、その机上にマジックでラクガキがされているそれが管郎の席だった。
もちろん、珪斗の席も同様なのだが。
家が金持ちで幼少の頃から甘々な両親のもとですべてを思い通りに生きてきた管郎は、現在、自由気ままな一人暮らし――らしい。
そんな思い通りの人生を生きてきたからこそ、自分と同じ“クラス最下位”の分際で思い通りにならない珪斗の存在が面白くないのだろう。
そして、そんな思い通りの人生を生きてきたからこそ、クラス中から反感を買っており、それがランキングの認定において影響を及ぼしているということもあるのだろう。
もちろん、管郎の“一人暮らし”や“思い通りの人生”について。珪斗自身は管郎本人に確認したわけでも、そもそも関心があるわけでもないので“小耳に挟んだうわさ”ていどにしか知らないのだが。
今日も
その時、ポケットに違和感を覚えた。
きょろきょろと周囲に誰もいないことを確かめ、さらに道端の自販機の陰に身を隠してポケットをまさぐる。
取り出したのはスマホ――にも見える一枚のプレート。
隠れたのは、もしも、志田とかに見つかったら“なに似合わねーもん持ってんだ”と取り上げられるか、バカにされることがわかりきっているから。
「どうするんだっけ」
初めて手にした“スマホ状の機械”に戸惑いながら、表面に表示されているカーテンらしきものを指先でとんとんと叩いてみる。
直後、目の前に現れた。
昨日、突然やってきた珊瑚なる少女が。
珊瑚があいさつするように両手を上げて、昨日と同様にきらきらと珪斗を見る。
「クラックの場所がわかったから封緘に行くデス」
「あ、ああ。はい」
早速、歩き出す珊瑚に続く。
機嫌がいいらしく歌いながら歩く珊瑚だが、その歌は珪斗にとって初めて聞く曲な上、歌詞は日本語ではなく、その内容を聞き取ることすらできない。
しかし、曲調によるものか珊瑚の声によるものか、その歌は聴いている珪斗の気分を自然に明るくさせた。
珪斗は昨日、珊瑚から聞いた話を反芻する。
あの亀裂は“クラック”という名で別の宇宙とつながっていること。
そこから覗いてたタコ足はその世界に棲む“
禍々様はクラックを通じてこっちの世界へ“浸出”しようとしていること。
それを食い止め、クラックを塞ぐのが真珠と珊瑚で、自分と管郎はその相棒になるということ……。
相棒とか勝手に決められても――と思う珪斗だったが“珊瑚が住んでいる”というプレートを受け取り、今こうして一緒に歩いている背景には、身の安全は完全保証で危険は一切ないと聞かされたことと、そして、やはり、管郎の存在がある。
管郎に対して対抗心があるわけではないけれど、自慢されっぱなしで終わるのも面白くない。
なによりも、もしここで珪斗が珊瑚の申し出に背を向ければ、それを知った管郎は“オレの勝ちな。タコ足にビビって逃げた珪斗は最下位だからな”などと言ってこれまで以上に鬱陶しく絡んでくることは容易に想像できる。
それを避けたかったのだ。
だから“とりあえず”というか“お試し的な感覚”で受けることにしたのだ。
まるで“久しぶりの外出”であるかのように楽しげな珊瑚の後頭部に、ついさっき頭をよぎった疑問を訊いてみる。
「あのさ」
珊瑚が歌を中断し、振り返る。
「なんデス?」
そして、後ろ向きのまま歩く。
「管郎が今日は学校に来てないんだけど」
珊瑚はまばたきとともにかくんと首を傾げる。
「クダロー? それはなんデス?」
小動物のように愛らしいその表情は、日頃、異性と接することのない珪斗には眩しすぎた。
珪斗は思わず目を伏せながら答える。
「昨日一緒にいただろ。真珠さんと」
「あ、あいつデスね。それがどうかしたデス?」
「いや、今日も真珠さんと一緒にいるのかなあって思ってさ」
口にしてから、なんでこんなことを訊いたのだろうと少し後悔する。
まるで管郎と真珠のことを気にしてるみたいじゃないか、と。
そんな珪斗に珊瑚はニコニコと答える。
「いるデスよ。今日の午後にクラックを封印した実績があるデスから」
「ふうん」
会話が途切れた。
珊瑚は後ろ歩きのまま次の話題を待っているように珪斗を見つめている――相変わらずきらきらと。
そんな珊瑚の様子は普通の高校生なら悪い気はしないのだろうが、異性慣れしてない珪斗にとってはただのプレッシャーでしかない。
その眩しい目線から逃れる意図も兼ねて声を掛ける。
「危ないよ、前を見ないと」
「だいじょ……」
言ってるそばから珊瑚は段差に躓いて転びそうになる。
「デスね」
珊瑚は照れ笑いを浮かべてターンする。
やっと目線から逃れた珪斗は緊張から解放されるとともに、それによってじわりと湧き上がる劣等感を慌てて押さえ込む。
そもそも会話が続かないのはしょうがないじゃないか、誰とでも、特にオンナノコと気兼ねなくクダラナイ話で盛り上がれるようなら最下位なんかやってないよ――そうやって自分にいいわけすることで結果的に自身が最下位ランカーであることを認識することになった珪斗は、それにより“最大の疑問”に思い当たる。
その疑問を、歌を再開して跳ねるように歩く珊瑚にぶつける。
「どうして、僕と管郎なんだろうね」
「デス?」
振り向いて懲りずに後ろ歩きになった珊瑚は“その意図がわからない”とまたしても首を傾げる。
そして、珪斗もさっきと同様に目を逸らす。
「いや、もっと秀でたヤツがいくらでもいるのにさあ。なんか珊瑚さんに申し訳ないっていうか」
本心である。
まるで英雄然と禍々様を切り捨てた昨日の管郎を思い出す。
おそらくこれから自分も同じようなことをやるのだろう。
昨日の管郎を見たことで“できる・できない”についての不安はなかった。
しかし、ああいうのが似合うヤツならクラスにいくらでもいる。
少なくとも最下位ランカーである自分や管郎の役割とは思えない。
自分や管郎よりよほど能力的にもビジュアル的にも適しているヤツはごろごろいるというのに……なぜ自分たちなのだ?
いつのまにか恐縮している珪斗だが、珊瑚は気にせず答える。
「どうして管郎と珪斗なのかはわからないデス。あと、あたしのことは珊瑚でいいデス。あたしも珪斗を珪斗と呼ぶデス。いいデス?」
「ああ……、いいです」
結局、謎は解けなかった。
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