第3話 上浜瑞乃という女 その4

 珪斗の人生はそうやっていろいろなものを周囲に横取りされてきた。

 だから取られたくないものは隠す。

 うかつに話して拡散されれば、まちがいなく周囲から横やりが入って横取りされる。

 それが“なんてことないもの”ならば気にしない。

 しかし――。

 ちらりと珊瑚を見る。

 自分にとってすばらしいもの、大切なもの、かけがえのないもの、お気に入りのものであれば、なんとしても守らねばならない。

 だから、珊瑚の存在ことをヒトに知られることは珪斗にとっても本意ではないのだ。

「あのさ」

 ふと発した珪斗のつぶやくような声に、珊瑚と瑞乃が同時に目を向ける。

 それぞれが自分にかけた声だと思ったのだろう。

「なんデス?」

 しかし、珪斗が声を掛けたのは瑞乃の方だった。

「昨日のこととか、これからやることとか、誰にも言わないでほしいんだ」

 珊瑚の表情が一瞬だけ不機嫌になるが、すぐに珪斗の真意を問うようなものに変わる。

 一方の瑞乃もその意図を理解しかねるとばかりに首を傾げている、無表情のままで。

 珪斗はそれぞれの表情に応えるように続ける。

「絶対にジャマしたり横取りしたりするヤツが出てくるだろうしさ。ジャマされたくないし横取りされたくないんだ」

 瑞乃が問い返す。

「よくわからないけど……。要するに今の状況を守りたい――みたいな?」

「そう、そういう意味。うん。守りたいんだ」

 目線をおろす。

 珊瑚と目が合った。

 珊瑚は赤い顔で唇を突きだす。

「ありがと、ちゅっデス」

 思わず赤面する珪斗だが、そのやりとりが見えない瑞乃は相変わらず表情を変えることなく答える。

「心配ない。誰にも言わない。そもそもアタシには話す相手もいないしな」

 珪斗は改めて瑞乃を見る。

 クラスの公式ランキングは二十位とけして高くはない。

 勉強はできるし、運動もそこそこ。

 しかし、整ってはいるが表情が乏しいルックス、誰に対してもよそよそしい口調――そんな表情と口調の与える大人びた印象がマイナスになっているのか、親しい友人はおらず、教室では常にひとりでいる。

 そういった孤立した立ち位置が二十位という結果なのかもしれない。

 逆に考えれば友人がいない立場で二十位とは高すぎる位置なのだが、これは瑞乃の素材自体が評価されているのだろう。

 それだけ評価の高い素材を有していることを思えば、ランキングとは無関係な校外に多くの友人がいてもおかしくはない。

 そこで珪斗はイマサラな疑問に気付く。

 瑞乃が持っている貝殻は“誰”なんだ?

 わざわざ持ち歩いて、そして、珪斗に戻すことを依頼してくる以上は“通りすがり”や“見知らぬ人物に対する好奇心”ではあるまい。

 家族か? 校外の友人か?

 もしかしたら恋人なのかもしれない。

 それも年上の。

 瑞乃が教室で周囲となじもうとしないのは周囲を見下しているからであり、それは瑞乃自身に年上の恋人がいるから――と考えればつじつまが合う。

 もしこの貝殻が恋人だとしたら、どんなヤツだろう。

 瑞乃と同性だったら気にならないが異性、つまり珪斗と同じ男だったら少しは気になる。

 別に瑞乃のことが好きなわけじゃなく、単純に劣等感の問題として。

 やっぱりイケメンなのだろう、気安く女子に声が掛けられるヤツなのだろう。

 つまり、クラスの上位ランカーみたいなヤツなのだろう。

 面白くないな、あいつらは下位ランカーを踏み台にしたり見下したりして優越感を抱いて生きてる連中だからな、あんまり助けたくないな――。

 そんなことを考えて無言になった珪斗だが、その結果として直前に放った瑞乃の自嘲を含んだ言葉に重くなった空気がそのまま続いていることに気付く。

 そこで空気を変えようとがんばってみる。

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