第5話 笑わない珊瑚 その5

 その日の現場は墓地だった。

「どこにあるんだ、クラックは」

 当たり前だが敷地内には所狭しと墓石が立ち並び、視界はよくない。

「その大きい墓石の向こうなのデス」

 言葉こそ以前のままだがその抑揚と表情はよくいえばクール、悪く言えば愛想の欠片かけらもない。

 しかし、それを突っ込むのも違う気がして、珪斗はあえて気付いていない振りを装う。

「よし、行こう」

 珪斗としては“一緒に――”のつもりだったが、足を踏み出したのと同時にぷつぷつと首筋にケーブルが刺さった。

 立ち止まり、振り返る。

 すでに珊瑚は、その場で背を向けている。

 珪斗はため息をひとつつくと「手、入れるよ」と声を掛ける。

 そして、珊瑚が頷いてから襟の下に手を潜り込ませ、銃を取り出す。

「じゃ、お願いするデス」

 珊瑚は事務的な口調で言い残すと、早足で珪斗のもとから離れる。

 まるで“ケーブルを挿し、銃を引き渡すためだけにそばに立っていた”と言わんばかりに。

 ここ数日ずっとそんな調子の珊瑚にどう反応していいのか珪斗にはわからない。

 人並みに会話ができるような性格なら話し合う余地もあるのかもしれないが、なにしろ珪斗は最下位ランカーなのである。

 珊瑚と出会ってから少しはマシになったとはいえ、特に異性相手の対話能力はまだまだ人並みの域にすら達していない。

 ましてや、心を閉ざしている、もしくは距離を置いている相手を対話に持ち込めるほど高度なスキルなど持ち合わせているはずもなかった。

 ついに珊瑚にも嫌われたのか――そんなことを思う。

 身に覚えはないけれど、それを言うなら普段の教室における扱いや立ち位置や、なによりも“ランキング最下位”という状況も珪斗自身にはなにひとつ思い当たる節はない。

 “他人の評価”とは良くも悪くもそういうものなのだろう。

 多くの人気者には“自分が人気者であること”に対して身に覚えなどないだろうし、同じように多くの嫌われ者にも“自分が嫌われ者であること”に対して身に覚えなどないものなのだ。

 珪斗はこれ以上考えてもしょうがないということと、そんな珊瑚と一緒にいることで気分が落ち込んでくることで、とりあえず今日のところはとっとと終わらせて帰ろうと墓石に向かう。

 墓石の前には、墓参りに来たのか、クラックから伸びた禍々様の餌食になったとおぼしき貝殻がひとつ落ちているのが遠目にわかる。

 さらに目を凝らすとかすかに墓石の向こうから陽炎が横向きに流れているのが見えた。

 珊瑚の言う通り、そこにクラックがあるらしい。

 貝殻はともかく、陽炎が見えるのはケーブルをつながれることで感覚器が鋭敏になっている効果だろう。

 そんなことを考えつつ足を進める珪斗だが――

「ん?」

 ――異常を感じて立ち止まる。

 というより立ち止まらざるを得ない。

 身体が前に進まない?

 まさかと思い、振り返る。

 ずっと向こうから珊瑚がこっちを見ているが、その珊瑚と自分をつなぐケーブルは地面を這うことなく、ぴんと張っている。

 その状態に珪斗が察する。

 ケーブルがこれ以上伸びないということを。

 それは、すなわち珪斗がこれ以上、前へ進むことができないことを意味している。

「珊瑚ぉ」

 あえて情けない声を上げたのは責める意思がないことを伝えたかったから。

 そんな珪斗の呼びかけに珊瑚がびくりと反応したのが遠目にもわかった。

「これじゃ届かないよ。もっとこっちへ――」

 その時、かたわらに立つ墓石の陰から声が掛けられた。

「湖山?」

 瑞乃だった。

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