エピローグ 図書室にて その2
珪斗は市史の中に、ふと、見覚えのある挿絵を見つけて手を止めた。
それは市内に伝わる古い図絵をまとめたページだった。
墨一色で描かれた記号、地図、図形や紋章、簡素な風景画や動物画、そして、日常生活を描いた風俗画――その中に“それ”はあった。
そこに描かれているのは――
“亀裂から伸びるタコの足”
――だった。
もちろん、珪斗はこれがなにか知っている。
出典によると江戸末期に描かれたもので市内の寺に所蔵されているという。
珪斗は考える。
禍々様も
ということは当時の“封緘者”かあるいは“開封者”が書いたもの、あるいは書かせたものなのだろう。
珊瑚は言っていた。
この土地は禍々様の棲む宇宙と重なって存在している、と。
そして、時間の経過とともに脆くなった結界を定期的に再生してきた、と。
今回、結界を再構築するため現れた珊瑚と真珠と虎目はそれぞれの役目を果たし、この世を去った。
珊瑚たちはこれまでも同じことを繰り返してきたのだろう。
そして、これからも同じことを繰り返していくのだろう。
不意に珊瑚の笑顔を思い出し、泣きそうになって慌てて顔を上げる。
そして、ぎくりと背筋を伸ばす。
いつのまにか正面に瑞乃が立っていた。
瑞乃はいつも通りの無表情で珪斗を見ている。
そんな瑞乃に珪斗は、ふと、思ったことをつぶやいてみる。
「またぼくはひとりになったよ」
涙が一粒こぼれた。
珊瑚と出会う前と比べて体育の記録は少しだけマシになった。
珊瑚が言っていた通り身体の使い方を憶えたのだろう、今の珪斗は無意識に正しい体の使い方をしているのだろう。
そして、
瑞乃に先導されてクラックを封緘に向かったあの日、途中で管郎と言い合いになった。
今にして思えば、あの時に性格はすでに変わりつつあったのかもしれない。
自分の存在価値を認めてくれた初めての存在である珊瑚と行動を共にすることで、珪斗はそうやって成長することができたのだ。
しかし……。
今の珪斗にとって、そんな成長はなんの意味もなかった。
少しだけ運動ができるようになった、少しだけ性格も前向きになった、もしかしたらクラス内ランキングも多少は上がっているかもしれない。
だが、それがどうした。
それがなんだというのか。
珪斗にその恩恵をもたらしてくれた珊瑚はもういない。
この世界のどこにも珊瑚はいないのだ。
閲覧机を回り込んだ瑞乃が珪斗のとなりに腰を下ろす。
そして、ささやく。
「そばにいてやるよ。頼まれたからな」
そう言って珪斗に笑顔を向けた。
学校で笑うのって何年ぶりだろう――そんなことを思いながら。
全編終わり
珊瑚と僕――傷だらけ思春期物語―― 百年無色 @100years
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