第2話 封緘(ふうかん)者とは閉じる者、開封者とは開く者 その4

 そもそも引き受けたこと自体が“簡単に説得される気質だったから”なのである。

 もともとが使命感に燃えて引き受けたわけでもなければ、確固たる意思や信念に基づいて導いた結論でもないのだ。

 さらにそこへ“敵なる存在”を明かされては、受けたことを後悔してもおかしくはない。

 そんな珪斗に珊瑚がうろたえる。

「え、ちょ、ちょっと待つデス」

 珪斗が目を向ける先で珊瑚が言葉を探す。

「あいつらという敵ができることは確かデス。でも、珪斗の安全は絶対絶対絶対保証されてるのデス。信じてほしいのデス」

 そう言われても“安全が保証されている”ことの根拠や意味や信憑性については、珪斗にはさっぱりわからない。

 つまり“信じるに足る根拠が示されていない”状態なのである。

 そんな状況下で敵の存在を明かされれば、虎目に誘導されるまま“この件はなかったことに”という選択肢が存在感を増すのは当然のことだろう。

 しかし――。

 “クラックの存在”や“それを閉じる役割”については最初から非現実わからないことだらけなのである。

 それゆえに“珊瑚が大丈夫というなら大丈夫”という考え方ができることも確かであり、そして、それが珪斗という人間の思考特性かんがえかたでもあったのだ。

 そうやって“自分で考えて判断する”のではなく“他人に流されて生きてきた”のが珪斗という人間だったのだ。

 それはともかく。

 珊瑚の言葉に嘘があって、仮に危害を加えられることもあるとしたなら、自分より先に活動していた管郎が無事なわけがない――そんなことも思う。

 つまり、昨日の調子に乗った管郎の存在が珊瑚の言葉を裏付けているという解釈もできるのだ。

 珪斗はいつしか涙目で自分を見上げている珊瑚に告げる。

「安全については大丈夫だろうけど……。でもなあ」

「でも? でも、なんデス?」

「虎目さんの言うことももっともだなあ、とか思ったり」

 これ以上、敵を増やしてストレスを溜め込む必要もない――それは珪斗にとって“ごもっともな話”なのだ。

 そんな珪斗に珊瑚が返す。

「あいつらという敵ができる代わりに、えーとえーと……。あ、あたしという味方ができるデスっ」

 そして、上目遣いで見る。

「それじゃあダメ、デス?」

「う、いや、その」

 自分を見つめる潤んだ瞳に戸惑う珪斗の手を、珊瑚が握りしめる。

 その手は少し冷たかったが、思えば中学の体育祭で行われたフォークダンスで女生徒から露骨に不快な表情を向けられてきた珪斗にとって初めて触れる異性の手だった。

「ここまで来てやめるとか言わないでほしいデス。お願いするデス。お願いお願いお願いお願いなのデス」

 幼いこどものようにその場でじたばたと足踏みを繰り返す頭越しに、珊瑚が置いた貝殻が見えた。

 珪斗の脳裏に“貝殻を拾い上げた時の珊瑚”がプレイバックする。

 そして、――。

「うん。まあ。やるよ。ここまで来たんだから」

「いいデス? やってくれるデス?」

 まだ少し迷っている珪斗だが、それを押し切るように珊瑚が表情を輝かせて飛び跳ねる。

「わーいデスっ」

 はしゃぐ珊瑚に虎目は苦笑する。

 彩美は“こいつバカなのか”と呆れた目を向ける。

「そんなわけで。すいません」

 珪斗は虎目に頭を下げる。

 しかし、虎目はそんな珪斗に穏やかに笑ってみせる。

「ああ、いいですよ。ご自身の決めたことです――」

 一旦言葉を切る。

「――たとえこの先どんな目に遭おうと、最終的に後悔しようとね」

 その不穏な言葉に珪斗が慌てて問い返す。

「え? あの、それって」

 しかし、聞こえないのか黙殺したのか、虎目は答えずに彩美の背を押す。

「じゃあ、私たちはこれで」

 彩美が不満げに虎目を見上げる。

「帰るのかよ」

 虎目はなだめるように答える。

「はい。帰りましょう」

 しかし、彩美は納得してない。

 珪斗と珊瑚を指差しながら声を荒らげる。

「だって、こいつら敵だろ。自分でもさっき言ったじゃないか」

 虎目は少し困った表情になった。

「確かに言いましたが……正確には“敵対する存在”ですね。私たちは開封する。彼らは封緘する。それだけの間柄ですよ」

「同じことじゃないか。ほっといていいのかよ」

「いいんですよ、ほっといたら。さっきも言った通り、我々の目的は“開封すること”なんですから。さ、帰りましょう」

「わっかんねえな」

 まだ釈然としない表情の彩美に虎目が笑う。

「いいんですよ、わからなくても。彩美くんはただクラックを開くことだけを考えてくれれば。それで彩美くんの望む世界がやってくるのですから」

 虎目は珪斗に帽子を浮かせて一礼すると、ふてくされている彩美の背を押しながら資材置き場を出ていった。

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