第2話 封緘(ふうかん)者とは閉じる者、開封者とは開く者 その5

 残された珪斗は珊瑚に声を掛ける。

「で? どうすんだ」

「あ、はいデス。失礼しましたデス」

 我に帰って珪斗に向き直る。

「では、始めるデス」

 その言葉に珪斗は肩に担いでいたスクールバッグを砂利に降ろす。

 昨日の真珠と同様に珊瑚のセーラー服の襟がふわりと舞い上がり、そこから飛び出した数本のケーブルが珪斗の首筋に突き刺さった。

「うあっ――と?」

 思わず声を上げるが痛みどころかなんの違和感もないことに気付く。

「こうやってあたしとつながることで運動機能を向上させたり感覚器を強化させたりする他に、禍々様から見えなくする効能もあるのデス」

 その言葉に昨日の管郎のアクションシーンと、さっきの“身の安全を保証する”という話を思い出す。

「なるほど、そういうことか」

 珊瑚がくるりと背を向ける。

「どうぞデス」

 その後頭部に珪斗は首を傾げる。

「な、なにが?」

 珊瑚が赤い顔で振り向く。

「お、女の子に言わせないでほしいデス」

 珪斗は昨日の管郎と真珠を思い返す。

 ケーブルを挿された管郎が真珠の襟の下に手――どころか腕全体を突っ込んでいたことを。

 珪斗はおそるおそる襟の下に手を差し込む。

「……!?」

 そこにはなんの手応えもなかった。

 まるでどこかの空間につながっているように。

 慌てて手を引き抜き“どうなってんだ”と襟をめくり上げる。

 同時に珊瑚が悲鳴を上げて飛び退いた。

 そして、赤い顔と涙目で珪斗を見る。

「の、覗いちゃダメなのデス」

 珪斗はその表情にわけもわからず謝る。

「ご、ごめんなさい」

「そっとお願いするのデス」

 赤い顔のまま改めて背を向ける珊瑚の襟に、静かに右手を差し入れる。

 やはりそこにはなにもない空っぽの空間が広がっていた。

 珊瑚が背を向けたままささやく。

「そ、その奥に……、もっと奥に」

 言われるまま珪斗はぐいぐいと腕を突っ込む。

「あ、あ……」

 いつのまにか息の荒くなっている珊瑚があえぐ。

 顔を伏せ全身を小刻みに震わせるその様子に、珪斗はどうしていいのかわからない。

 その時、指先になにかが触れた。

 訊いてみる。

「なにかあるけど……これ?」

「そ、それ、なのデス。う」

 握りしめて一気に引き抜く。

 それは昨日管郎が握っていた巨剣――ではなく、一丁の大型銃だった。

「これって……なんだ???」

 戸惑う珪斗に、まだ少し息の荒い珊瑚が紅潮した頬で告げる。

「それであの禍々様を撃つのデス」

「これでって……当たるかな」

 もちろん珪斗に射撃の経験などあるはずがない。

「大丈夫なのデス。照準ロックオンした獲物には確実に命中する仕様なのデス」

 “ならば迷うまでもない”と、軽い気持ちでクラックの奥に覗く禍々様に銃口を向けて引き金を引く。

 軽い反動を珪斗の腕と肩に与えて撃ち出された銃弾が禍々様のタコ足を貫く。

「当たったっ」

 思わずガッツポーズの珪斗の前でクラックが消えていく。

 続けて、コンクリートブロックの上で珊瑚の載せた貝殻がぱんと破裂音をたてて“ぐったりと倒れている大柄な若者”の姿へと変わり始める。

 その姿が完全に戻ったのと同時に珪斗の手から銃が消え、首筋のケーブルは珊瑚の襟の下へと引き込まれていった。

 珪斗は昨日の真珠の言葉を思い出す。

「起きるまで時間がかかるんだっけ」

「はいデス。十分くらいかかるデス」

 あまり他人と関わりたくない珪斗としてはもちろんとるべき行動はひとつしかない。

 その前に、念のためにさっきまでクラックのあった位置を見ながら確認する。

「終わったんだよな」

 珊瑚が両手をぱちぱちと叩く。

「終わったデス。お見事な腕前でした、なのデス」

「じゃあ、とりあえず逃げよう」

 足元のスクールバッグに手を伸ばす。

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