第32話 面白くていい人
会社の外ではいつものように敦さんが待っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。今日は取材うまくできた?」
「ええ。もちろん」
「よかったわね」
私は笑顔で敦さんに微笑む。そして、じゃーんと声を出して、さっき鈴川さんから返してもらったエコバッグを敦さんに見せた。
「あれ?これどうしたんですか?」
敦さんは目を丸くしてエコバッグを受け取って中身を確認した。
「なんと偶然にも!あの取り違えちゃったエコバッグの持ち主、うちの会社の社員だったみたいでね。なんか見たことある人だなあと思って確認してみたらビンゴだったの」
「へえ」
「それで、帰り際に会って、バック返してもらったのよ。とても面白くていい人だったわ」
「面白くて、いい人、か」
敦さんはなぜか複雑そうな顔をしている。
「まあそれよりも、こっちで預かっている荷物、どうします?」
「その人、残業あって途中で抜けるの厳しいみたいよ。よかったら私渡してくるわ。なんかそれ、大事な本みたいでね。今度私にも貸して読ませてくれるって」
「ダメですよ!」
敦さんは顔色を変えて必死で言ったり
「昼間も言ったはずです。これは目の毒です」
「そう?ただの恋愛小説だって言ってたけど……。あ、もしかして敦さん、登場人物の男の人に嫉妬してくれてるんですか?」
「いや、そう言うレベルの話じゃないんです」
一体どういうレベルなの?鈴川さん、本当に一体何をバックに入れてたの?
「そう。仲良くなって、よかったらお昼公園で一緒に食べようって約束したのに。あ、もちろん敦さんも一緒でも大丈夫って言ってました」
「いや。ダメです」
敦さんは首を大きくふった。
私は不貞腐れて見せた。
「だって、雪華さんとも最近全然会えてないし……。もちろん敦さんといつも一緒にいるのは楽しいわ。でも、お友達だってほしいもの」
雪華さんは言っていた。敦さんは何気に私に行動制限をかけて、そのせいで友達がほぼいない事を気にかけていたという。だからそこ雪華さんに友達になって欲しいとお願いしたのだと。
だから友達を強く願えば、きっと叶えようとしてくれると思います。雪華さんはそう言っていた。
「とりあえず、そのエコバッグ返してくるわ」
「いえ!僕が返します」
「ずっと待っているつもり?」
私が呆れたように言うと、敦さんは頷いた。
「ええ、六時には行けると日中言ってましたから、六時には来て渡せるでしょう」
頑固に言い張る敦さんの横に私は座った。
「じゃ私も一緒に待つわ。お話してればあっというまでしよう」
私達は、鈴川さんが出てくるまで、私達はおしゃべりしながら待っていた。
「へえ、その人、石川とも知り合いだったんですか」
「ええ。でも、石川さんの方はあんまり仲良くないみたいでね。私があんまりその人と仲良くしようとすると、ちょっと意地悪して妨害してきちゃうのよ」
言いながら、本当の雪華さんはそんなことしないのになぁ、の私はため息を軽くついた。一体雪華さんはどんな顔してこのシナリオを書いたのやら。
「なるほど。石川とは……」
敦さんは何やら悩まし気な顔をしている。
そうこうしているうちに、鈴川さんは本当に仕事を終えて会社から出てきた。私達を見ると笑顔を見せながら近づいてきた。
「こんばんは。お昼はすみませんでした。それにお仕事終わるで待っててもらってしまって……」
「いえ、こちらこそ」
敦さんは、私と鈴川さんの間に立ちはだかるように立った。そして鈴川さんのエコバッグを差し出した。
「あ、ありがとうございます!大事なものなんです」
「そ、そうですか」
敦さんは曖昧に笑う。鈴川さんは、私の方に顔を向けて満面の笑みで言った。
「じゃあ、美香ちゃん!今度本貸すね!」
「ええ、楽しみにしてる」
「ちょ、ちょっと待って!!」
敦さんは焦ったように間に割って入ってきた。
「美香さん、ダメだって言ったじゃないですか」
「あ、そうだったわね」
私はうっかり、といった顔をしてみせて、鈴川さんに向き合った。
「ごめんね、本は大丈夫」
「そう?じゃあ明日一緒にお昼食べましょう。もちろん、旦那さんも一緒に!あの公園にいつもいるんですよね?
あ、もう帰らなきゃ!じゃあね美香ちゃん!」
鈴川さんは、敦さんがお昼を一緒にするのを断る前に、ダッシュで帰ってしまった。
「勢いのある人ですね……」
「そ、そうね」
鈴川さんの演技力に少しだけ私も圧倒された。
「明日、お昼違うところで食べますか」
「でも、私あの人と連絡先交換しちゃってるから。明日くらいならいいんじゃない?同じ会社の一人だし、ドタキャンなんて気まずいわ」
「なんと……」
敦さんは頭を抱えた。そして絞り出すような声で言った。
「じゃあ…明日だけですよ」
……鈴川さん、敦さんにこんな顔をさせるなんて、一体本当に何をエコバッグに入れてたのよ。
でもとにかく、計画は順調だ。
※※※※
その日の夜、私はお風呂の中で今日一日の事を思い出していた。
皆に協力してもらって見れた映画。半券も持って帰れないので泣く泣く捨ててきてしまったし、買ったアクリルキーホルダーも預けて来てしまった。手元には何も残っていない。でも映画を見た感想だけはいくらでも残っている。誰かに話したい。雪華さんとは、日下部さんに見れたショックであまり話せなかったし、鈴川さんとは時間がなかった。
「映画を見るまでで終わりじゃないんだな。咀嚼するまで楽しいんだ」
そういえばそうだったな。忘れてた。
私は小さく呟いた。呟きはお風呂に溶けていった。
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