第15話 友達に

 ※※※※

 次の日、私はまだ精神的に立ち直れず、仕事で変なミスばかりしてしまった。

「珍しい、神田さんがこんなミスするなんて。昨日慣れない残業をしたから疲れちゃったんですよね」

 同僚からは、変なフォローをされてしまった。


 今日の朝早くにはシステムが直り、昨日の午後とは打って変わって落ち着いた仕事風景が戻っていた。

 ふと、スマホが光った。

 雪華さんからだった。昨日のことをちゃんと話させてほしい、という内容だった。

 私は無視をしようとしたが、正直雪華さんの気持ちをちゃんと聞きたい、という気持ちのほうが強かった。


 昼休み。いつもの会議室で雪華さんが待っていた。

「こんにちは」

「……こんにちは」

 私達は気まずそうに挨拶する。

「お弁当は?」

「持ってきてます。でもまず今日は、ちゃんと話をしたくて。あ、どうぞ美香さんは食べててください」

 雪華さんはそう言って、椅子に座った。

 どうぞ食べてくれと言われても、正直一人で食べるのは気まずい。私はとりあえず弁当を取り出すだけ出すと、雪華さんの前に座って聞く姿勢をとった。

「どうぞ、話して」

 私に促されて、雪華さんは口を開いた。


「神田先輩は、私の高校時代のバイトの先輩です。そこまで仲が良かったわけではありません。神田先輩が大学を卒業してバイトを辞めたら、あとは全く疎遠でした」

 雪華さんは話しだした。

「でも、3ヶ月くらい前でしょうか。会社の新人研修に行ったとき、近くのビルで仕事の打ち合わせをしている神田先輩と久しぶりの再会をしたんです。

 その時に神田先輩が、妻も君と同じ会社にいるんだ、よかったら友達になってくれないかって言ったんです」

 何?それ。私は眉をしかめた。

「その時は、冗談じゃないって思いました」

 雪華さんは少し口を歪め言った。

「子供じゃないんだから、誰かに言われて友達になるなんて、過保護もいいことでしょ、って思って。だからすぐにその申し出は断ったんです」

 確かに、雪華さんの言うとおりだわ。大体、友達を作ろうとすれば機嫌を悪くするのは敦さん自身の癖に。

「そうしてるうちに、美香さんの事を知りました。一切残業をしない社員がいる、ただ、誰もその人の事を悪く言っているのを見たことが無い」

 そう言って、雪華さんは私を見つめてきた。

「仕事は早くて丁寧だし、進んで他の人を助ける。残業しない代わりに一生懸命努力しているのなはっきり分かる人でした」

「そんなつもりは無いけど……。最低限やることやらなきゃ立場がなくやるから必死なだけよ」

 私は少し恥ずかしくなる。

「そうしてるうちに、あの日、助けてもらって」

「助けたつもりは無いけど」

「あの日、少し接触してみようと思ったんです。神田先輩が過保護にしている奥さんに興味が湧いて。そしたら」

 雪華さんは思い出し笑いをするように微笑んだ。

「あんな予想外の頼まれごとされちゃうので」


 確かに、予想外だったかもしれない。本当は雪華さんにとっては、ただ一緒にランチでも行ってちょっとおしゃべりして興味を満足させるだけだったのかもしれない。


「それは申し訳ないことしたわ」

「いえ。全然。話を聞いてみれば、神田先輩は過保護どころかドン引き事案だし、それなのに美香さんはなんかちょっと困るな、位で全然むしろ幸せそうだし」

「まあ……そうね」

 私は思わず苦笑してしまった。雪華さんも笑う。

「楽しくなっちゃって、美香さんと話してるの。本当に」


「どうして、夫と知り合いだって言ってくれなかったの」

 私が一番聞きたいのはこれだった。

 私の質問に、雪華さんは苦しそうに言った。

「だって、言われたから友達になりましょう、なんて言ったら友達になってくれましたか?」

「……一応、なったと思う……けど」

「絶対に、こうやって映画の話なんてしてくれませんでしたよね?」

「そうね」

 絶対に表面上の付き合いになってたと思う。


「いつか言おうとは思ってました。ただ、今じゃないと思ってたんです。勿論、神田先輩に、何かチクったりなんかしてないです!本当です」

 雪華さんは、必死になって立ち上がった。

「私は本当に、美香さんが大好きになったんです。それだけは信じてください」


「わかったわ。でも許せない」


 私は呟くように言った。私の言葉に、雪華さんは青くなった。

「す、すみませ……」

「夫が許せないわ」

「……へ?神田先輩が?」

 雪華さんは、私が思いがけないことを言ったようでキョトンとした。そして、慌てた様子でフォローしてきた。

「あ、あの、あんな言い方しちゃったけど、一応神田先輩結構美香さんの事気にかけてたみたいで。自分が嫉妬深いせいで美香さんに友達ができないでいるのを一応気に病んでの行動で……」

「私の知らないことろで、女の子と二人きりでそんな話をしてたなんて!!」

「え?女の子って……私の事ですか?」

「そうよ!何で私の知らないところで、昔の後輩の女の子に頼み事?許せないでしょ?こんなの浮気じゃないの」

「あ、あの、私、人の旦那様にこんな事も言うのもなんですが、神田先輩の事一切興味が無いと言うか、美香さんが、嫉妬っぽい事する必要は一切無いと……」

「そういうことじゃないのよ。帰ったら問い詰めてやるわ」

 私はイライラと鼻息を荒くした。

 そんな様子を見た雪華さんは、呆気にとられて呟いた。

「やっぱり、割れ鍋に綴じ蓋ですね……」


 私が敦さんの事でとても恐ろしい剣幕になっていた時だった。

「あ、今日もここにいたんですね?昨日事務課大変だったみたいですねー。お疲れ様です。そんな中、私映画初日行ってきたんですけど、あ、ネタバレとかはしないんで。グッズのランダムのアクリルキーホルダー買ったんで開封の儀式を一緒にさせてもらいたくて、あ、これ実写じゃなくて原作者書き下ろしイラストが使われてて……」

 そこまで一気に言いながら鈴川さんが会議室に入ってきた。

 しかしふと空気がおかしいことに気がついたようだ。

「ご、ごめんなさい。なんかそういう雰囲気じゃなかったですね!失礼しました!でなおします!!」

 そう言って、私達が止めるのも聞かず、逃げるように立ち去って行った。


「なんか、悪いことしちゃった感じね」

「そうですね。後でフォローしに行きましょう」

 私達はそう言うと、思わず顔を合わせて笑い出した。

「なーんか、空気緩んじゃったわね」

「鈴川さんのおかげですね」

「でも、夫は絶対に今日問い詰める」

「そうだそうだー」

 雪華さんが適当に相槌を打ってきた。


「ごめんなさい。私、雪華さんを疑った。私を騙して夫に通じてるのかと思った」

「いえ、あの状況だと、そう、思われても仕方ないんです。私こそすみませんでした」

「お昼、食べようか。時間無くなっちゃう」

「はいっ」

 私達は弁当を開いた。


「とりあえず、私は、雪華さん信じるわ。まあ実際今のところ夫が映画の事を知ってる様子はないしね」

「はいっ!私は束縛系の男嫌いなんで、絶対に美香さん派です!」

「だからね、人様の夫だからね。少しは気を使ってちょうだい」

 私はあまりに正直過ぎる雪華さんに苦笑いするしかなかった。


 気持ちが晴れた午後は、仕事も落ち着いてできるようになった。






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