第24話 計画続行
※※※※
意外にも次の日の朝の出勤時間には、敦さんは送って行くとは言わなかった。
「早い時間から打ち合わせが入っているんです」
敦さんは悔しそうに言った。
「打ち合わせ前に仕上げなくてはならない仕事があって。美香さん」
そう言って敦さんは少し怖い目で私の頭を撫でた。
「大丈夫、ですよね」
脅すような声だった。私はうなずいた。
「大丈夫よ。普通に、まっすぐ余計なことしないで会社にいくだけよ」
「そうですよね」
私が、じっと顔を見つめていったので、ほっとしたように敦さんは怖い顔をほどいた。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「行ってきます」
いつもどおり会社に向かう。
敦さんの事は好きだし、今までだって、何か敦さんを不安にさせるような事をして監視が厳しくなった事は何度かあった。その時は、少し窮屈だけどまあ仕方ないかな、とおもっていた。でも今はこの窮屈さが苦痛で仕方ない。だから、朝一人で歩けることにホッとしていた。
会社に着くと、入口で待ち構えていたように雪華さんが立っていた。
「おはよう、雪華さん」
「おはようございます。てっきり朝も旦那様同伴かと思ったんですが違いましたね」
「早くから仕事があったみたいでね」
「ほーう、なるほど」
雪華さんは、何かを納得しているかのようにふむふむと唸った。
「つまり、さすがの旦那様も一応ちゃんとお仕事は優先するんですね。当日忙しい仕事が入ってくれればある程度の自由は効きそうですね……。ただ……うーん……でも……」
雪華さんは一人で険しい顔で唸りだした。
「何をそんなに考えているの?」
「いや、なんとかなりそうな……ならなさそうな……」
雪華さんはそれ以上何も言わなかった。
一緒に社内を歩いて行く途中に、雪華さんはおもむろに鞄の中からクリアファイルを一枚取り出した。
「そうだ。美香さん。これ、私と鈴川さんが昨日の夜に電話で相談し合った計画書です。今会えたついでに渡しておきますので時間があるときにでもご確認下さい」
「まあ、わざわざ」
私は思わず恭しく受け取った。
「昨日の夜電話で話し合ったのね」
「ええ。まあ途中から美香さんの計画に関係ない上司の愚痴とか語り合っちゃいましまけどね」
雪華さんがぺろッと舌を出して言った。
いいなぁ、と私は思った。そんなふうに全然関係ない話を友達と夜に電話で語り合うなんて。そういえば、私だって昔はそうやって友達と……。
「美香さん?」
つい黙ってしまった私の顔を、雪華さんが覗き込んできた。私は慌てて首を振った。
「やだ、ボーッとしちゃった。ありがとうね。仕事の合間に確認するわ」
「お願いします。ちゃんと仕事もしてくださいよー」
そう生意気な事を言いながら、私と雪華さんは別れた。
昼休みになった。私は急いで会社の外で待つ敦さんの所へ向かう。その時だった。
「神田さん!」
呼ばれて振り向くと、鈴川さんが立っていた。
「ああ鈴川さん、なんか変なことになっちゃってごめんね」
「いえ、そんな。神田さんこそ、色々大変でしたね。なんか私全然知らなくて」
「ううん。説明しなかったのこっちだから」
「だって、なんかこっそり映画行こうとしたのバレただけで、責められて、その、旦那様から、え、え、え、え、えっちなお仕置きを受けただなんて……」
「う、受けてないわよ!!」
真っ赤な顔の鈴川さんの口を、私は慌てて押さえた。
「誰よそんな事言ったの。雪華さんね?!」
「ち、違うんですか」
「当たり前じゃないの!エロ小説じゃないんだから!雪華さん冗談に言ったに決まってるでしょう」
私は小声で鈴川さんに、こちらも真っ赤になりながら言った。
「そ、そうですよね。ヤダなぁ石川さんったら」
「そ、そうよ。全くもう」
適当に言ってるのよね、雪華さんたら。何でバレてるのかと思ったわ。
さて、変な話は置いておいて。私は計画書を思い出しながら言った。
「二人が作ってくれた計画書、見たわ」
「あ、どうですか?」
「うまくいくか怪しい点がいくつがあるけど……、それより、この計画だと鈴川さん結構忙しそうだけど大丈夫?」
私の言葉に、鈴川さんは大きく首を縦に振った。
「いけますいけます。見ててくださいよ私の演技力」
いつもの自信なさげな鈴川さんではなく、頼もしい表情をしていた。
「ありがとう。ちゃんと今度何かお礼させてね」
私が言うと、鈴川さんはパッと顔を輝かせた。
「あの、あの、じゃああの、アクリルキーホルダー……映画のグッズでランダムのアクリルキーホルダー売ってるんですけど……それ、買ってくれませんか?一つでいいので。そして」
「そして?」
「交換させてください」
「交換?」
私は首をかしげた。鈴川さんは恥ずかしそうに頷いた。
「わ、私、友達とランダムグッズ交換とかしてみたくて。いや、SNSで募集して交換とかはしてるんですけど」
正直、よくわからないけど、映画代を払ってもお金は少し余るしキーホルダーを買う余裕はあるはずだ。前に雪華さんと交換したレシート分はバレて使えなくなってしまったけど。
「わかったわ。交換しましょう。変なの出ても許してね」
私はそう約束した。
さあ、話し込んでたから少し急がなくちゃ。私は小走りで敦さんの元へ向かうのだった。
前日と同じように敦さんと待ち合わせしてお昼を食べに公園に向かう。
「少し遅かったんじゃない?」
「ちょっと電話が長引いちゃって。でも、ほんのちょっとじゃない」
不機嫌そうな敦さんをなだめるように私は言った。
「きっちりピッタリにお昼に入れるほうが難しいのよ。雪華さんなんていつも遅くにお昼はいるし」
「石川の話は、今は聞きたくない」
敦さんは不貞腐れた。まあ、これ以上敦さんの機嫌を悪くする必要もあるまい。私は頷いて違う話題を探し出すのだった。
食昼休み終わるギリギリでまた会社に戻る。
自分の席に戻ると、昨日と同じように雪華さんからのメモが上がっていた。
『検討しましたが、決行日の変更は無しです。三日後予定通り行います。ただ、時間休の時間は、計画書のとおり変更しておいて下さい』
変更無しか……正直、少しほとぼりが冷めてからのほうがいいのでは、と思っていたのだが。ただ、コロコロ有給の日を変更をするのも都合が悪いので、正直そのほうがいいのかもしれない。
何より、こんなにも雪華さんや鈴川さんがこんなにも積極的なのだ。自分が腰抜けでどうするのだ。
「よーし」
思わず気合の声を上げた私に、課長が「午後の仕事、やる気満々じゃないか」と声をかけてきた。
「ええ。ところで課長、有給の件なのですが」
「仕事じゃなくて有給申請にやる気満々だったのか……」
課長は寂しそうに呟いた。
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