第6話 コンビニ

※※※※

 今日も仕事が終わり、残業を一分たりとすることなく会社を出た。

 ふと、会社近くのコンビニの前を通った際に入口をチラリと見た。確かに、ロードオブレインの映画ポスターが貼ってあった。


 なぜ気づかなかったんだろう。

 最近破れたストッキングの換えを買いにコンビニに寄ったときにも貼ってあったはずなのに。

 いつも周りなんて見ないでまっすぐ必要な事だけして、周りなんて見ないでまっすぐ家と会社の行き帰りだけをやってきた。周りを見ればこんなにも情報に溢れている。

 もう少し周りを見てもいいのかもしれないな、と思いながらふとコンビニの前で足を止めた。そして少し悩んでからコンビニに入った。

 そっと雑誌のコーナーを通ると、ロードオブレイン主演の陣野秋吉が表紙の雑誌が何冊か目に止まった。

 表紙が主演なら、もしかして中には松竜の格好をした良馬くんも特集されてないかしら……。私は紐で括られた雑誌に手を伸ばし、そしてふと考えて手に取るのをやめた。

今は買えない。まだ計画途中だ。

 私はコンビニに寄った口実の為にペットボトルのお茶を買って外に出た。


「美香さん」

 後ろから声をかけられて、私は思わずビクッとした。

「ああ良かった。すれ違いにならなくて」

 後ろに立っていたのは敦さんだった。

「あれ?なんでここに?」

 さっきまでロードオブレインの表紙の雑誌を見ていたので罪悪感でドキドキしてしまう。

「急遽午後から打ち合わせが入ったんです。帰る時間が、ちょうど美香さんの退社時間に被りそうだったので一緒に帰ろうと思って」

「そう。じゃあ一緒に帰りましょう」

 私がそう言うと、敦さんは自然に私の手を握ってきた。私も手を握り返す。


 その時、突然敦さんの握力が強くなった。

「あ、敦さん?痛い……」

「さっきコンビニ寄ってましたよね」

「え、ええ。ちょっと喉が乾いて、お茶を買ったの」

 私は鞄を開いてペットボトルを見せた。

「なんであのコンビニに寄ったんです。会社の近くに自販機もあるじゃないですか」

「えっ。でも」

 敦さんの目が怖い。強く手を握ったまま速歩きで家へと進んでいく。

 何?何が敦さんの逆鱗に触れたんだろう?

帰宅途中の買い食いなんてよくやってる。本当はやらないでほしいらしいけど、ちゃんと報告すればそこまで咎められたことはない。まさか、ポスターや雑誌を見ているのがバレた?

 私は心臓が飛び出そうになるのを抑えながら敦さんに慌てて言った。

「あのっ、トイレも行きたかったの。それでコンビニで借りようと」

「トイレ。ふうん」

 敦さんは足を止めて、じっと私を見た。

「そうか。じゃあ仕方ないね。確かに、僕が見たのは美香さんがレジで会計をしているところだったから、トイレ行ってたなんて知らなかった。トイレ我慢してたなら、店員が男か女か意識する余裕なんて無いよね」


 そうか、しまった。雑誌の事を意識しすぎて店員の性別を全く意識していなかった。


 そう、敦さんは一応買い食いを咎めたりしない。店員さんが女性であるならば。

 勿論敦さんに見られていないのだからなんとでもごまかせるのだけど、私はいつもはちゃんと店員さんが女性の店しか使っていなかった。まさか、たまたま見られていたときに間違えて男の店員さんの店に入るなんて!

「ごめんなさい……店員さんの事ちゃんと意識してなくて。いつもはちゃんと女の店員その時に行ってるのよ。それは信じて」

 私は必死になって言った。

 とりあえず、雑誌を見ていたことはバレてなさそうだったのはホッとしたが、今日の事でコンビニすら行けなくなる事だけは避けたい。

「分かってます。美香さんの事は信じてますよ。今日はたまたまなんですよね?」

 敦さんは私に微笑みかけた。その笑みは本物だったし、握る手の強さも緩んだので私は少しホッとした。

 でもホッとしたのも束の間だった。敦さんは私の手をぐっと強く引っ張って、凄い早足で私を引きずるように家に対って歩いていく。


 家に着くなり、敦さんは洗面に私を連れていき、私の手を洗い出した。

「あ、敦さん?手くらい自分で洗える……」

「駄目です」

 敦さんは私と目も合わせずに短くそう言うと、私の手をゴシゴシと洗い続けた。

「ねえ、敦さん。もう、大丈夫だから。そんなに洗わなくても」

「触れたかもしれないでしょう」

「何に?」

「店員の男に。この美香さんの可愛い手が触れたかもしれない。穢れたかもしれない」

「触ってないわ。お金も確かトレーに置いたし」

 私は必死になって言ったが、敦さんは私の言葉を無視して洗い続けた。

「ねえ、午後から打ち合わせだったんでしょう?夕飯早くつくりましょうよ。私が今日は作るよ」

「大丈夫。打ち合わせ行く前に作っておきました。温めるだけです。今は美香さんをキレイにすることが先です」

 もう諦めるしかない。私は大人しく敦さんに手を預けておくことしかできなかった。



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