第5話 プロジェクト計画表

 再度弁当を食べ始めた石川さんの目の前に、私はレポート用紙を一枚取り出した。

「じゃあ、話を進めさせてもらってもいいかしら」

「お、プロジェクト計画表ですね」

 石川さんは乗り気だ。

「映画を見に行くにあたり、問題点は3つ」

 私はレポート用紙に書いた内容を桜のペンで指した。


①映画鑑賞の代金の捻出

②映画鑑賞の時間の捻出

③GPS対策


「やば」

 石川さんは呟いた。

 私は石川さんの呟きを無視して話を進めた。

「まず、①代金の捻出について」

「神田さん自由に使えるお金ないんですか?」

「失礼ね。そんな経済的DVなんて受けてないわよ。好きな服もアクセも小物も買えるし、気になるスイーツだって好きに買えるわ。ただ、買い物は必ずついてくるし、なるべくネットで買って履歴を残すようにしなきゃだめだし、もし一人でコンビニ寄るようなことがあれば必ずレシート提出しなきゃだめなだけよ」

「それ、〈だけ〉ではないですよっ」

 私は石川さんのツッコミはとりあえず流すことにした。

「話を進めてもいい?」

「そうですね。これくらいで気にしてたら話が進まない気がしてきました」

 石川さんは脱力したように言った。


「まあ、さっきも言ったとおり、お金は自由に使えるけど、使った内容は必ず夫にバレる。映画に行くのに使ったなんてバレたら、必ず何を見たか聞かれて、まずは一緒に行かなかったことを責められて泣かれて、更に私の推しが出てる映画を見たなんて知られたらそれはもう……」

 想像しただけで背筋が凍る。大号泣されて部屋からしばらく出してもらえないだろう。


「じゃあ、バレないお金の使い方をしなきゃいけないってわけですか」

 石川さんの問に、私は頷いた。

「ええ、それで私は、ニセレシートを用意してその分お金を貯めておくのはどうかと考えてたわ」

「ニセレシート?」

「ええ。例えば、石川さん昨日も今日も、コンビニでスイーツ買ってるじゃない?」

 私は石川さんの机の上のプリンを指差す。

「それ、お弁当と会計別にしてプリンだけのレシートを私にくれないかしら?」

「なるほど。プリンを神田さんが買ったことにして、その代金をチマチマ貯めて映画代に充てると」

 石川さんは少し考え込んだ。

「私は別に構いませんが……。そんなプリン高くないし、地道過ぎません?それに、今まで何も買ってないのに、急に毎日コンビニで買うようになったら、何かあったかなって不審じゃないですか?」

「……確かにね。数日やったらプリン作って持たせられそうだわ」

 少し考えて、レポート用紙に書いたニセレシート案に△マークをつけた。それにしても、石川さんが案外真面目に意見を出してくれるので、私はちょっと嬉しかった。


「それよりですね。単純に、一万円くらい落としちゃったとかスられちゃったとかは嘘つくのはどうですかね?」

「うーん」

 私は【お金落としちゃった案】を追加して書いた。

「いいんだけど……前にやったことあるのよね」

 私はあのときの事を思い出して私はうんざりした気分になった。

「どうしてもこっそり欲しいものがあって。お金落としちゃったーって言って。そのお金でこっそり買ったことがあるんだけど」

「バレたんですね」

「ええ」

 忘れもしない、あのときのこと。好きな小説家の新作。ただし、なぜかその小説家は初めて官能小説にチャレンジしてくれちゃって。表紙も題名もゴリゴリのエロスで。官能小説買うのがバレるのは恥ずかしくて。だからこっそり買ったのに。

「バレたのよね……」

 しっかり鞄の奥底に隠しておいたのにバレた。

 まあその時は単に恥ずかしかったし、敦さんにはどうして誤魔化すんだと責められるし、しばらくは行動制限が厳しくなるし、その上買った官能小説の、内容を、その、夜の生活に……。まあ、これ以上は思い出すのをやめておこう。

「その時は、物が発見されてバレたわけだから、映画なら物が無いからバレる可能性はないんだけどねえ」

「前に一回誤魔化してるから、疑われる可能性があるってわけですね」

 石川さん、理解が早くて助かるわ。さすがね。


「とりあえず、次回までに他の手も検討するわ。時間もないので次の議題いくわね」

 私は次の問題点②③を指した。

 石川さんも弁当を片付けながらコクコクとうなずいた

「まず②映画鑑賞時間の捻出について。ご存知のとおり、私は残業もしないし飲み会も行かない日々を過ごしているわけじゃない?理由は」

「理由は察しています」

「そうよね。まあそんなわけなので、仕事帰りに行くのは難しいわ。休みの日も映画見に行くって言ったらついてくるでしょうし」

「旦那様、映画自体はオッケーなんですか?」

「まあ、必ず夫も一緒に行くって条件付きで基本的にはオッケーよ。私好みのイケメンが出てない限りは」

「今回は好みのイケメン出てるから駄目ですね」

「好みのイケメンの実写化だしね」

 そう口に出してみると、なんだかワクワクしてきてしまった。

 そうよ。好みの男が好みの男を演じてくれるのよ。どうしよう!!

「神田さん?一瞬意識飛ばしてませんでした?」

 石川さんが怪訝そうな顔で覗き込んできたので私は慌てて意識をもとに戻した。

「まあそんなわけで、仕事終わりの時間や休みの日に見に行くのはほぼ無理なわけで、夫に黙って有給休暇使うのが現実的かなと思うんだけども」


 そこまで言って、私はチラリと時計を見た。

「もう時間無いわよね、ごめんね時間取らせちゃって。続きはまた今度にしましょう」

「え?まだ昼休みありますよ」

「でも、それ」

 私は石川さんの鞄に入っているバインダーに綴られた何枚かの社内向け通牒プリントを指さした。

「時間空いた時にでもそれ見ておくつもりなんでしょう。その時間も大切じゃない」

「あ、よく見てましたね」

 石川さんはペロッと舌を出してバインダーを取り出した。

「ほら、前にデータが消えた消えてないで事務課の方々にも恥ずかしいところ見られちゃったじゃないですか。うちら営業課って、こういう事務処理系の社内通達全然見てなくて。それが原因で前に揉めちゃったのが悔しくて。ちゃんと軽くでも全部目を通しておこうかと思ってて」

 あら勉強熱心ね。

「まあ、無理しなくても。私達だって自分の仕事に関係する通牒しか見てないわ。わからなかったらその部署に聞けばいいのよ。大騒ぎする前にね」

「う、そうですね」

 石川さんは気まずそうに頷いた。

「ところで、今大事な社内通牒出てたかしら?」

「ざっと見たところ、広報課の佐藤さんのことで赤ちゃんが生まれたってことくらいですかね」

「あら、それは大事なことね」

 私達は笑った。


「じゃあまた後日の昼休みにでも。あ、連絡先交換しましょう」

 私がスマホを取り出すと、石川さんは目を丸くした。

「え?連絡先交換してくれるんですか?昨日は断られたのに」

「だって、昨日は説明不足だったから。へんなメッセージ送られて夫に不審がられたらこの先の計画が難しくなるじゃない。今日はちゃんと説明したし、石川さんも協力的なのが分かったし」

「わぁ……てっきり連絡先は無理なのかと諦めてました」

 石川さんはとっても嬉しそうに自分もスマホを取り出した。

「ふふ、嬉しいです」

 私の連絡先ごときが、なんでそんなに嬉しいのかしら。


「それにしても、なんだか、思ったより大変な事頼んでる気がしてきたわ。もしよかったら、私からも何か今度石川さんにお礼させてね」

 私は弁当箱をしまいながら何気なく言った。すると石川さんは、すぐに嬉しそうな声を上げた。

「じ、じゃあ、お願いがあります!」

「私にできる範囲なら」

「神田さんの事、下の名前で呼んでもいいですか?」

「はい?」

「そしてそして!できたら私のことも下の名前で呼んでほしいんです」

「はあ」

 何そのお願い。

「別に……構わないけど。そんなことでいいの?雪華さん?」

「そう、そうです。友達みたいで嬉しい。あ、すみません、調子乗ってるわけじゃないんですけど」

 少し照れながら石川さ、じゃなくて雪華さんは笑った。

 なんでこんなに嬉しそうなのかしら。友達だって彼女なら沢山いるはずなのに。


「それじゃ、まあ明日の昼休みに。美香さん」

 そう言って雪華さんはコンビニ弁当の空を持って行ってしまった。


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